美術館こぼれ話

姫路市立美術館の日常を綴ります

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第72回姫路市美術展はじまる

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1月17日から第72回姫路市美術展がはじまった。会場は初日から多くの人でにぎわっている。嬉しいことに、出品点数が前回より75点増えて607点となり、64回展以来の600点超えとなった。なかでも写真部門とデザイン部門の増加が大きく、逆に工芸部門と書部門の減少が目立つ。ただ工芸にしても書にしても、それぞれの作家や愛好者が減っているとは思われない。原因はさまざまに考えられるが、定期的な発表の機会が増加していることや発表形態の多様化などが影響しているのかもしれない。
反面、写真部門はデジタルカメラの機能の拡大が多くの人の創作意欲をそそるのだろうか長期的に増加傾向にあり、今回は応募総数の5割近くを占めている。また、デザイン部門も12年ぶりに応募点数が40点に達した。おそらく3年前に姫路に縁の深いデザイナー、永井一正氏に「グラフィックデザイン推奨者」の選定を依頼し、決定者は来年度の姫路市美術展のポスターなどグラフィックデザインの制作を依頼するシステムが刺激になっているように思われる。今後のデザイン部門の展開が楽しみになってきた。
ところで、今回の入選率は昨年よりわずかだが上昇し34.3パーセントで208点の展示となった。この入選率の高さは、他所の市展や県展に比べても難関の部類に入るだろう。この展覧会の出品者の大半は姫路市と周辺地域の居住者だが遠方からの出品も多く、今回も遠くは埼玉県や愛知県などからも作品が寄せられた。また年齢層も幅広く最高齢は90歳の女性と男性、最年少は15歳の女性で(応募資格は15歳以上)あった。
本展は7つの分野に分かれているが、モノをつくることが好きな人たちが年齢や地域、分野を超え、作品をとおして出会い、互いに刺激し合う場でもある。展示においても美術館の空間を最大限に利用し出品者、鑑賞者の皆さんの満足を得られる環境作りに努めている。各部門の活性化や展示空間の限界など課題も多いが、主催者としては、市民参加の貴重な交流の場として今後も展覧会の充実に知恵を絞ってゆくつもりである。引き続きご声援をお願いしたい。

  • 2018年01月18日(木)12時16分

永井一正ポスター展に寄せて

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 永井一正さんの名を聞いて思い出すことは多いが、姫路市とのかかわりを振り返れば、やはり1989年の姫路市制100周年周辺のことになる。全市をあげた博覧会「姫路百祭シロトピア」は大盛況のうちに10か月におよぶ会期を終えたが、あの成功はシンボルマークとキャンペーンポスターの制作を永井一正さんに依頼したことにはじまったといってもいいだろう。
 “美しい城 美しい人 美しい時”というテーマを踏まえ、爽快なブルーのマークと第1弾から3弾にいたる3種類のポスターは、デザイン性に優れていただけでなく市民の心を一つにする不思議な力を持っていた。はじめて目にしたものには分かりやすく、馴染むに従って内容の深さを実感できるようにつくられていた。今回の展覧会で4作品が久しぶりに並んで展示されているが、今も色あせず新鮮であることに驚かされる。
 美術館としてもこの機会を見逃すことなく、1988年の秋、永井さんの全面的な協力を得て「永井一正の世界展」を開催した。冠には“プレ姫路市制100周年記念”と掲げられていた。展覧会ポスターはもちろん永井さんのデザインであった。会場には約100点のポスターと50点余りの版画、そしてマーク、併せて200点余りが展示され、多くの来館者が訪れ博覧会への機運も高まったことを思い出す。
 あれから30年近くが経った今、シロトピア広場と呼ばれた姫路城北側の博覧会跡地はシロトピア公園として市民の憩いの場になっている。そしてこの広場の中ほどにあの祭を伝えるモニュメントが立っている。永井さんのデザインによる「光輝」である。黒御影石の台座に埋め込まれた銘文には、次のような永井さんの言葉が刻まれている。
―― 雲のような形に浮かんだステンレスのオブジェに写り込む青空や白い雲や風景は毎日変化するでしょうが、それらの時の流れを内包しながら姫路城を中心とした美しい街―姫路に誇りをもって毅然と立っている彫刻を考えました。鉄の柱を貫く形は困難を克服しながら未来に向かって強く邁進していくさまを表しています ――
 既に往時を偲ぶものは少ないが、折々にこのモニュメントの前に立つと思い出されることは多い。今回の展覧会に助成していただいた神姫バス株式会社の青い貸し切りバスのデザインも永井一正さんである。この博覧会の後、1990年から新たな装いで登場した。時に、旅先などでこのバスを見かけると、嬉しくなるのは何故だろう。
 美術館には今、500点を超える永井さんのポスターが飾られている。展示場は森のようだ。会期は残り少ないが、これほどの永井一正空間はめったに体験できるものではない。不思議な力が会場を満たし、何ものかの鼓動が聞こえてくる。

  • 2017年12月21日(木)11時46分

「リアルのゆくえ」あと3日

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11月2日、特別企画展「リアルのゆくえ」に1万人目の入場者をお迎えした。記念の入場者は川西市からお越しくださった佐久間三恵子さん。一緒に来てくださったのはご主人とお嬢さんで、皆さん二度目のご来館であった。ただ、前回は展覧会がはじまって間もない10月2日、大雨を突いてのご訪問は月曜日で休館日、本当に申し訳ないことをした。お聞きすれば、この展覧会の開催をNHKの日曜美術館で知り、是非ともリアルの力を会場で確かめたくて再訪してくださったとのこと、ありがたいことである
 ちょうどこの季節、播磨路は祭一色になる。毎年のことだからその影響は想定していたものの、衆議院選挙と二つの台風襲来に大雨は予想外であった。それでも1万人の方々にご覧いただけたことは嬉しいことにちがいない。
 そういえば、10月22日の投票日には台風21号が迫り来るなか、出品作家の木下晋さんと共同開催館である碧南市藤井達吉現代美術館の木本文平館長、当館の山田真規子学芸員による鼎談イベントを開催したが、悪天候のなか予想を超える熱心な参加者の数に驚かされた。
 本展は平塚市美術館、足利市立美術館、前述の碧南市藤井達吉現代美術館を巡回し、当館が最終会場で一番西の地での開催である。比較的遠くからの鑑賞者が目につくのもそのせいかもしれない。また、来場者の滞在時間が長く、熱い鑑賞者の目立つ展覧会でもある。残るは今日を入れて3日間となった。この展覧会に限ったことではないが、一人でも多くの方にご覧いただきたい。

  • 2017年11月03日(金)10時03分

年のはじまりは市展

今年も新しい年のはじめを飾るのは「姫路市美術展(姫路市展)」です。
今回で70回を数え、お祝いの意味を含めて特別賞として「第70回記念賞」が設けられました。
戦後70年にあたった昨年は各地でさまざまな催しが開かれましたが、姫路市展の開催回数はその数字に重なります。姫路市展は全国的にみても、戦後最も早く始まった市民美術展の一つとして知られ、第1回展の開催は、戦後の混乱が色濃く残る1946(昭和21)年秋のことでした。会場は姫路市飾磨区の亀山本徳寺で、会期は11月2日から20日の約2週間。このときの展覧会の名称には“復興”という二文字が冠せられていました。
第2回展からは姫路城西の丸が会場となって12回展まで続き、その後、百貨店やまとやしき(現・ヤマトヤシキ)、公会堂、文化センターへと移り、昭和58年第38回展からは市立美術館(一時期、イーグレひめじ・市民ギャラリー)で開催され、今日に至っています。
今、美術館のコレクションギャラリーでは市展の開催にちなみ、「姫路市展ゆかりの作家たち」と題した展示を行っています。
審査員を務めた小野竹喬、新井完、須田国太郎、開催に尽力した洋画家の飯田勇らの作品をはじめ、当時は一般の出品者であった日本画の森崎伯霊、洋画の中井知生、尾田龍、版画の川西英、彫刻では野村正らの作品をご覧いただけます。いずれも第1回姫路市展に関わりのある人たちです。 ただ、展示されている作家の中でただ一人、日本画の丸投三代吉(第10回市長賞)だけはこの展覧会のはじまりには無縁です。彼はそのころシベリアに抑留され、2年余りを極寒の地で暮らしていました。画家としての再出発は帰国後のことになります。
小さな展示ですが、市展に重ねてご覧いただきたいと思います。
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作品搬入風景 2016年1月9日

  • 2016年01月09日(土)13時16分

宮脇愛子さんの「うつろい」

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 昨年も幾人もの美術家が亡くなられた。彫刻家の多田美波さん、舞台美術の朝倉摂さん、第一回安井賞受賞者の田中岑(たなかたかし)さん、現代美術作家の村岡三郎さん、辰野登恵子さん、河原温さん、そして赤瀬川源平さん。個人的な記憶から思いつくままにお名前を挙げさせていただいたが、方々の半生には戦後の昭和という時代が横たわっているように思われてならなかった。
 そして8月には立体造形作家の宮脇愛子さんも亡くなられた。
 ある初夏の明るい昼下がりであったと思う。美術館の喫茶コーナーで顔なじみの画商さんとご婦人がお茶を飲んでいらっしゃるところに出くわした。そのご婦人が、新設成った姫路市城郭研究センター・城内図書館に作品を設置するために来姫された宮脇さんだった。初めてお会いし挨拶した直後、「設置を手伝ってくれない?」とのお声が掛かった。気さくで茶目っ気を含んだお誘いであった。断る理由などあるはずもなく、宮脇さんの指示のもと画商さんといっしょに、新しい建物の屋上で何本ものステンレスの太いワイヤーを穴に差し込み固定していった。そして、宮脇さんの代表作として知られる一連の「うつろい」の一つ(写真)が姫路に登場した。
 この建物は平成2年4月1990年4月開館である。この作品の制作年も1990年となっている。とすれば、あれから25年近くが経ったことになる。
 この作品は建物の2階に上がらなければ見ることができない。2階の回廊を一巡りしながら角度によって表情を変える姿を楽しむことができるが、ここまで足を運ぶ人は少ない。

 拙文を書き終えた直後、江見絹子さんの訃報に接した。明石のお生まれという地縁もあって、当館で個展を開催させていただいたのが4年前のことであった。また、寂しくなった。ご冥福をお祈りするばかりである。

  • 2015年01月16日(金)09時26分

年が明けて

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 昨夏のスズキコージ展以来、ブログに長いブランクができてしまいました。怠慢をお詫びしなくてはなりません。
 その間に、美術館では「米田知子 暗なきところで逢えれば」、「現代郷土作家展 生きるものたちへ」という二つの企画展を開催し、館外(イーグレひめじ市民ギャラリー)では「学校連携プロジェクト展-巨匠たちの夢の続き」と銘打った、高校生たちと美術館のコレクションが交差した展覧会を開催しました。
 海外でも活躍する米田さんの展覧会は多くのマス メディアがさまざまに取り上げてくださり、そのおかげで初めてその作品に触れた方も多かったように思います。写真というメディアの可能性を改めて確認する貴重な機会になりました。そのタイトルに表された米田さんの思いが、心に残った方も多くいらっしゃったのではないでしょうか。
 また、現代郷土作家展は、タイトルでもお判りいただけるように、播磨地域で活動を続ける作家を取り上げたシリーズ展で、今回は藤原向意(ふじわらさきお)、松田一戯(まつだかずき)、清水浄(しみずきよし)、東影智裕(ひがしかげともひろ)の4人の作家に登場していただきました。それぞれの作品に宿る「生」の形が、同じ地域に暮らす来場者の方々にどのように伝わったのか。いずれにしても、スズキコージ展を含め、これらの展覧会にはわたしたちの住む世界の今が表れていました。
 本日(1月13日)、美術館では姫路市美術展の審査が行われています。審査会場に並べられた作品の熱気が会場に充満しています。美術館の空間は展示されるものによってその表情をさまざまに変えます。年明け最初の展覧会は先述の姫路市美術展、そして2月からは「生誕150年記念 竹内栖鳳」展が始まり、姫路城も会期終了前にグランドオープンします。今年も展覧会だけでなくたくさんの催しが続きます。ご期待ください。

  • 2015年01月13日(火)14時27分

今年の夏は

 今日、6月21日からスズキコージさんの展覧会が始まった。庭ではズキンカフェがオープンし、ラッパやドラムの賑やかなパレード、引き続き会場ではコージさんがライブペインティングのパフォーマンス、夜には七尾旅人さんのコンサートと盛り沢山なイベントで展覧会の幕が開いた。
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 作品は企画展示室だけではおさまらず、通路や休憩所にまではみ出している。展示室は巨大なペインティングで天井まで覆われて壁も見えない。柱は青と黄色の螺旋模様。天井からは大小の妖精たちやバナーがぶら下がり、開催前に会場で公開制作した「巨大妖精怪獣」や小さなオブジェが所せましと並ぶ。
 私は、展示室をさまよいながら場所も時間も定かでなくなり、いつしかアルタミラやラスコーの洞窟に迷い込んだかのような錯覚にとらわれた。確かに、タイトルにも「スズキコージの絵本原始力」とあるとおり、スズキコージという人は原始につながっている。
 昨日、20日の開会式で、スズキさんは愛と平和を願っていること、そして姫路市立美術館が元軍隊の倉庫であり、武器弾薬がつまっていた建物が、今、自分の作品で満たされていることの意味を語った。
 会期は8月31日まで。今後予定されているイベントも数多い。今年の夏は是非とも姫路市立美術館でお過ごしください。

※催しについての詳細は”イベント一覧”をご覧ください。

  • 2014年06月21日(土)15時15分

 畳の上には「座布団」があって、その上にあるのが「楽」だと詠ったのは詩人の山之口獏だった。
 確かに、畳の上に座るとほっとする。その畳も目にする機会が少なくなってきたが、私などはまだまだ畳が恋しくて、家の中に小さくても一部屋だけは畳の部屋を確保したり、たまに、ホテルではなく旅館に泊まってみたりする。
 ところで、ただ今、美術館の企画展示室には畳敷の展示コーナーが設えられていることをご存じだろうか。6月1日まで開催している企画展「名画のあった場所」展の会場には42畳が敷かれ、かつて畳の上で楽しまれたであろう屏風や掛物が展示されている。2、30年ほど前なら、畳の上に座って床の間の軸や鴨居に掛かった扁額を眺める生活がいたる処にあったように思うが、今となってはそんな空間が新鮮ですらある。気のせいだろうか、飾られている作品も何故か普段と表情が違って見える。
 できればこの展覧会が終わっても畳の展示場がほしいものだと空想する。屏風や軸は、畳の上でゆったりとした気分で眺めたい。床の間や専用の和室までほしいとはいわないが、畳の敷かれた展示場で座布団に座って楽と一緒に過ごしたいものだ。

  • 2014年05月04日(日)08時03分

時は春

 前回のブログから随分時間が経ってしまいました。年度末という慌ただしい日々の中で右往左往しているうちに時間が経ってしまいました。
 そして、いい季節になりました。
 ――時は春
    日は朝(あした)
    朝(あした)は七時――
 朝の光の中で、知らずしらず口ずさんでいました。
 今、姫路城の周辺はサクラが満開で多くの人たちで賑わっていますが、花びらが舞うころになるでしょうか、美術館では「名画のあった場所」展が始まります。
 本展では、現在、美術館に収蔵されている作品がかつて飾られていた場所を再現し、普段とは違う設定で作品を展示します。それぞれの作品はどのように表情を変えて私たちの前に現れるのでしょうか。
 中でも、当館と名古屋のヤマザキマザック美術館が所蔵するポール・デルヴォーの4枚の板絵に注目してください。これらの絵は、かつてベルギーで個人の邸宅の壁を飾っていました。長い間離れ離れになっていた壁画が、一部ではありますが遠い日本で再会を果たします。また、デルヴォー財団の協力を得てベルギーから壁画の下絵もやってきています。
 創られたものそれぞれには事情があり、異なった履歴を背負っています。美術館にやってくる前の作品の過去を、季節の移ろいの中で思い描いてみるのも一興かと思うのですが、いかがでしょうか。

  • 2014年04月05日(土)15時51分

初春のご挨拶

 あけましておめでとうございます。
 皆様におかれましては、よいお年をお迎えのことと存じます。
 私はといえば、数年前から朝は早くに目が覚めます。おかげさまで初日の出も苦も無く拝むことができました。
 さて、今年の美術館の始まりは「姫路市民美術塾」です。本日7日の開会です。
 初めての試みですが、美術館の収蔵作品をより広く、より深く知っていただけるようにとの思いから企画した催しです。テーマは「もっと知りたい!青山熊治~熊治さんの旅~」(1/7~26)、続いて「~熊治さんと仲間たち~」(3/8~23)の二つです。いずれも、昨年の秋に開催した「青山熊治展」をきっかけにして、展覧会では伝えきれなかった画家の姿やウラ話を、作品や資料を前にクイズやトークイベントを通して紹介します。キーワードは《名品》《交流》《体験》の三つ。
 27歳でシベリア鉄道でヨーロッパに向かい、36歳のころ帰国するまでの放浪にも似たこの画家の旅路と、その周辺の人々との交わりを追体験していただきたいと考えています。
 小学生から大人まで幅広くお楽しみいただけることと思います。
 会場は、美術館を出て駅寄りのお城の南側、大手前公園に面した“イーグレひめじ”の地下一階の特別展示室です。ご注意ください。
 最後に、皆様のご健勝を心からお祈り申し上げます。
 今年も美術館にご注目ください。
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  • 2014年01月07日(火)07時25分
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