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情報PICK UP
黒田家を支えた精鋭たち
黒田二十四騎
黒田二十四騎とは、黒田家の草創期を支えた精鋭たちの総称です。黒田官兵衛が豊臣秀吉の賤ケ岳(しずがだけ)七本槍(やり)にちなみ、家臣の中から選んだといわれ、大半が姫路時代の子飼いの家臣たちです。江戸時代中期以降、人々に顕彰され、肖像画や掛け軸の題材として描かれました。
ここでは二十四騎のうち、姫路出身といわれる家臣を紹介します。
観光交流推進室・TEL:287-3652

図
図 ※家臣たちの出身地等については諸説あります
図 (1)黒田兵庫助(くろだひょうごのすけ)(1554~1596)
官兵衛の同母弟、姫路生まれ。官兵衛に従って秀吉に仕え、豊前入国後は長政の後見役に
図 (2)黒田修理亮(くろだしゅりのすけ)(1561~1612)
官兵衛の異母弟、姫路生まれ。秀吉やその弟秀長に仕え、筑前入国後は内政面で活躍
図 (3)黒田図書助(くろだずしょのすけ)(1564~1609)
官兵衛の異母弟、姫路生まれ。官兵衛の影響でキリスト教に入信し、布教に努めた
図 (4)栗山四郎右衛門(くりやましろうえもん)(1551~1631)
現姫路市栗山町生まれ。有岡城に幽閉中の官兵衛を救出。官兵衛臨終の際に後事を託された
図 (5)井上九郎右衛門(いのうえくろうえもん)(1554~1634)
現姫路市白浜町生まれ。職隆・官兵衛・長政の三代に仕え、朝鮮の役などで戦功を上げた
図 (6)母里太兵衛(もりたへえ)(1556~1615)
現姫路市飾磨区妻鹿生まれ。福島正則から強く勧められた大杯の酒を飲み干し、秘蔵の槍をもらい受けた。この話が元で「酒は飲め飲め~」で始まる民謡「黒田節」が生まれた
図 (7)後藤又兵衛(ごとうまたべえ)(1560~1615)
現姫路市山田町生まれ。官兵衛が養育するが、後に黒田家を離れる。関ケ原の戦いなどで活躍
図 (8)野村太郎兵衛(のむらたろべえ)(1560~1597)
母里太兵衛の弟、姫路生まれ。幼時から黒田家に仕え、九州の陣、朝鮮の役などで活躍
図 (9)吉田六郎太夫(よしだろくろうだゆう)(1547~1623)
現姫路市八代生まれ。備中高松城の水攻めでは、船を沈めて川をせき止める方法を考えた
図 (10)三宅山太夫(みやけさんだゆう)(1548~1619)
現姫路市飾磨区三宅生まれ。豪胆な性格から、官兵衛が「孫子」の一節にちなみ山太夫と命名
図 (11)竹森新右衛門(たけもりしんえもん)(1550~1621)
現姫路市上大野生まれ。竹森家は豪農で、備前福岡から姫路に移ってきた黒田家を支えた
図 (12)村田兵助(むらたへいすけ)(1565~1621)
現姫路市井ノ口生まれ。官兵衛に仕え、長政が人質として織田方に送られた際に付き従った
その他の家臣たち
(13)久野四兵衛(ひさのしへい)
(14)黒田三左衛門(くろださんざえもん)
(15)桐山孫兵衛(きりやままごべえ)
(16)小河伝右衛門(おごうでんえもん)
(17)菅六之助(かんろくのすけ)
(18)野口左助(のぐちさすけ)
(19)益田与助(ますだよすけ)
(20)林太郎右衛門(はやしたろうえもん)
(21)原弥左衛門(はらやざえもん)
(22)堀平右衛門(ほりへいえもん)
(23)衣笠久右衛門(きぬがさきゅうえもん)
(24)毛屋主永(けやもんど)

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