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特集

2020東京オリンピック競技大会

ホストタウンとしてフランス柔道選手団を迎えます

フランス柔道選手団事前合宿に関する協定書調印式の写真、フランス国旗、日本国旗の画像

2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けて、兵庫県と共に誘致に取り組んできたフランス柔道選手団の事前合宿地が姫路市に決定しました。訪れる選手や関係者の皆さんが心地よく姫路市に滞在できるよう、おもてなしの心で迎えましょう。今回は、合宿地決定の経緯と、姫路市とフランスとのゆかりについて紹介します。

シティプロモーション推進課・電話079-221-2116、スポーツ推進室・電話079-221-2796

事前合宿協定を締結

フランス柔道連盟会長のジャン=リュック・ルージェ会長の写真 ジャン=リュック・ルージェ会長

平成29年11月30日に、姫路城迎賓館で、フランス共和国柔道・柔術・剣道連盟(以下「フランス柔道連盟」)と兵庫県、姫路市による事前合宿に関する協定書に調印しました。
フランス側の調印者であるフランス柔道連盟のジャン=リュック・ルージェ会長は、「フランス柔道選手団を受け入れてくださることに感謝しています。この調印式まで、多くの関係者と関わってきました。そのたびに、姫路の皆さんは心ある人々だなと感じており、非常に心地よい環境で、今を過ごさせていただいています。今後、若者との交流をはじめ、これまでのつながりをもって、真の友情が長く続くことを願っています」とあいさつ。調印式を通じて、フランスとのつながりを改めて確認することができました。
2020年の事前合宿は、選手団にとっても選手個人にとっても、非常に貴重な時間となります。姫路市でどのように過ごしてもらうか、これから具体的な協議を進めていきます。


練習会場は県立武道館。設備と立地が高評価

今回、フランス柔道選手団が、姫路市を合宿地として決めた大きな理由の一つが、練習会場となる県立武道館です。施設内容が充実しており、宿泊施設や観光地である姫路城などとの距離が近く、落ち着いて練習できる環境が整っているからです。
また、姫路市は、「フランス柔道の父」とも称される川石酒造之助の出身地です。フランスで柔道を広め、フランスで本格的に柔道に携わっている人々には広く知られている酒造之助。今回の合宿地決定には、姫路市が、そうした歴史的な地であることも評価されました。

県立武道館を視察するフランス柔道連盟会長らの写真

調印式に先立ち、武道館を視察するルージェ会長ら。充実した施設内容に関心を寄せられました


フランスとのより一層のつながりを

フランスを代表する名城・シャンティイ城。ローマ時代から城壁があったとされる古い歴史を持つこの城は、平成元年に姫路城と姉妹城提携を結んでいます。
また、以前より、フランスから多くの観光客が姫路市を訪れていますが、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けて、日本が注目される中、姫路市では柔道を通じたつながりも増え、さらに多くの人々をお迎えすることになるでしょう。
今年は、日仏友好160周年の記念の年です。また、東京の次、2024年には、パリでオリンピック・パラリンピック競技大会が開催されます。こうした機会を通じて、姫路市民の皆さんと共に、フランスの人々との交流を進めていきたいと考えています。

シャンティイ城の写真

シャンティイ城
パリの北約40㎞にある古城。ルネサンス期の壮麗な建築様式を代表する建築物で、広壮な庭園には、池やあずまや、石像が設けられています


お話を聞きました

心のこもったおもてなしを

姫路日仏協会会長・白井智子さんの写真 姫路日仏協会会長
白井智子さん

フランスで柔道をしている人は、皆日本に憧れを抱いており、酒造之助を知っている人も多く、日仏交流の絶好のチャンスです。
選手団の皆さんが姫路に来られた時に、フランス語であいさつをしたり、ガイド本に載っていないような歴史や文化などさまざまな姫路の魅力を紹介したりすると、きっと喜ばれると思います。フランス人は食通なので、食を通した交流も楽しいかもしれません。皆で温かいおもてなしができるといいですね。


姫路日仏協会

日仏両国の親善や文化・学術交流、姫路におけるフランス文化振興を目的に平成16年に発足。フランス語やシャンソン、フランス料理などの講座や、フランスにちなんだ各種イベントを開催し、姫路とフランスをつなぐ懸け橋を担っています
電話090-7343-8746


川石酒造之助の写真

フランス柔道の父

川石 酒造之助(かわいし みきのすけ)

(1899年から1969年)

川石酒造之助は、明治32年、姫路市手柄に生まれ、県立姫路中学校を卒業しました。大正15年に日本を離れ、第2次世界大戦中も、フランスをはじめ、ヨーロッパ各地で柔道の指導に当たった酒造之助でしたが、戦況の悪化とともに、一時帰国。再度、昭和23年にフランスに渡り、柔道の普及に努めました。酒造之助は、外国人に合った方法で指導しました。その一つが、技の進度に応じて帯の色を変えていくこと。白から始まり、黄・オレンジ・緑・青・栗色といった帯を着用することで、目に見えて、上達を感じることができるようになりました。そのほか、外国人には覚えにくい技に付番して分かりやすくするなど、独自の方法を考案しました。
昭和44年にフランスで亡くなった酒造之助。その遺志は、昭和23年の渡仏時に、船の中で誕生した長男の川石則一さんに引き継がれています。則一さんは、現在もフランスに在住し、酒造之助の業績を伝えるとともに、柔道の指導に励んでおられます。
フランスでは、学齢前から気軽に柔道に親しみ、趣味として長く続けている人も多く、とても人気の高いスポーツです。柔道人口は、日本のそれを超え、多くの人々に愛される競技になっています。

川石酒造之助の長男・則一さんの写真

川石則一さん(酒造之助の墓前で)。毎年、年始にフランス柔道関係者が墓参りし、新年を迎えるのだそう



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