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坊勢島のご紹介

名前の由来:元慶7年(883年)、比叡山の高僧・覚円が坊勢島に流された時、師を慕う弟子数人がこの島に移り住んだ ことから「坊勢」という名がつけられたと言われています。家島本島の次に人口が多く、島民の多くは漁業にたずさわっ ています。

あらまし

坊勢島の風景(恵美酒全景)

 

面積1.29平方キロメートル、周囲11.89キロメートル。

名前の由来:元慶7年(883年)、比叡山の高僧・覚円が坊勢島に流された時、師を慕う弟子数人がこの島に移り住んだ ことから「坊勢」という名がつけられたと言われています。家島本島の次に人口が多く、島民の多くは漁業にたずさわっ ています。

坊勢島の奈座地区にある坊勢寺跡には往時を偲ぶ漢詩が残されています。

883年、比叡山西塔実相院の高僧、覚円が配流されました。その後、覚円を慕って比叡山の若い僧が大勢島に渡ってきたと いわれています。

また、坊勢という島名は覚円にちなむとも、百済の王子の子孫で、坊勢法師と名乗る水軍の首領にちなむともいわれ ています。

そして現在では漁業の島として知られ、兵庫県下で1、2位を争うほどの漁獲高を誇ります。
都会にはない、潮の香りと新鮮な海の幸を味わえます。

神権伝説の島

坊勢島風景(弁天島全景)

 

坊勢島奈座港の入り口に、海からぽっかり突き出した岩山で、弁天島とも「神権さん」とも呼ばれて親しまれ、岩の上 には漁師の守護神である弁財天がまつられています。
この島は、伝説の島としても知られています。

  昔、掟破りの漁ばかりする漁師とその娘が、漁に出たところ、珍しく大漁となり、喜び勇んで港を目指しましたが、途中 で、激しい嵐に見舞われ、船が転覆寸前になりました。娘は父に、「嵐は無法な漁のたたりだから、魚を海に返すように」 と説得しましたが、父は聞き入れません。娘は自分を身代わりにと、自ら海に身を投じたところ、嵐はおさまり、水煙が みるみる固まって岩になりました。この娘の心がまるで弁天様のようだということから、この岩が弁天島と呼ばれるよう になったということです。

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