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retoro  abo shi  meguri レトロ網干めぐり 古くから水運・海運の要衝として栄え、 明治以降は近代産業により発展した網干。 町内を歩くと、今でもレトロ建築や古民家などを 見ることができます。 山本家住宅

❶手の込んだ天井の装飾❷天然の大理石。よく見ると化石も発見できます❸アールヌーヴォー風のステンドグラス❹ボランティアガイドの加藤順弘さんと。離れ和室から見る庭は圧巻
住所/姫路市網干区興浜70
※ボランティアガイドの申し込み・問い合わせは、あぼしまち交流館内「網干歴史ロマンの会事務局」(電話/079-255-8001)へ

贅(ぜい)を尽くして建てられた和洋折衷の古民家

網干は、古くから開発の進んだ場所です。江戸時代には、揖保川流域の物資の集散地として繁栄。その小さな地域に丸亀藩、龍野藩、幕府領が複雑に配置されました。古社・古寺も多く、バラエティに富んだ文化財を有しています。さらに、明治以降にさまざまな産業が興り、近代都市として発展したのも特徴です。銀行ができ、鉄道が走った明治から昭和初期にかけての歴史的建造物は、町歩きの見どころです。

多様な文化財の中でも、ひときわ異彩を放つのが山本家住宅です。明治初期の建築である主屋と大正7(1918)年に建てられた洋館、離れ和館の3棟が連なっています。最初に目を奪われるのが高塀越しの立派な望楼。そして、足を一歩踏み込めば、玄関の大理石、緻密な寄せ木を用いた玄関ホールや客間の床、木のフレームと漆喰(しっくい)細工を合わせた天井の装飾など、凝った造作一つ一つに目を奪われます。迎賓館として建てられ、保存状態がよく、豪華なインテリアまで、当時のままの姿をとどめています。現在は第1・第3日曜日に内部を公開。ボランティアガイドの解説を聞きながら見学するのがお薦めです。

地元の財産を次代に引き継ぐ「老舗創生」レストラン

網干区新在家のシンボルは、れんが造り、銅板ぶきの大正建築、市の都市景観重要建築物等にも指定されている旧網干銀行本店 湊倶楽部です。昭和45(1970)年に商家となりましたが、平成27(2015)年ごろに売りに出され、買い手がつかない状態が続いていました。

ある大学生のSNSのつぶやきでそのことを知ったという姫路市の会社役員である鵜鷹司さんが「歴史ある建物を次の時代につないでいきたい」と建物を取得。ヘリテージマネージャーや大学教授、一級建築士などさまざまな人の力を借りて、「旧網干銀行 湊倶楽部」というレストランへ生まれ変わらせました。ただ単にきれいに作り直すのではなく、銀行だった当時の姿を再現し、経年変化を感じられる部分も残したという店内は、独特の雰囲気にあふれています。

旧網干銀行本店 湊倶楽

❶料理長の鵜鷹絢さん(右)とシェフの梅本響さん。地元兵庫県産の小麦を使ったパンは販売もしています❷2階から1階を見下ろして❸銀行時代の金庫はそのまま残されています❹明かりがともるとよりレトロモダンな雰囲気に
住所/姫路市網干区新在家640 電話/079-289-5189

retoro  aboshi  meguri 見どころいっぱい 歴史的な建造物が点在していて、歩いていても楽しい! 龍門寺

盤珪国師が丸亀藩京極家の保護と豪商佐々木家の援助を受けて、寛文元(1661)年に創建した寺。当時の遺構をほぼそのまま残し、本堂に当たる大方丈や開山堂、禅堂、鐘楼など17棟の建物が市の文化財に指定されています。県指定の文化財である木造千手観音立像や木造聖観音立像、市指定の文化財である大方丈襖絵などがあります。付近には、盤珪国師を慕って網干にやってきた江戸時代の女流俳人・田捨女(でんすてじょ)が開いた不徹寺もあります。

❶狩野派四代の襖(ふすま)絵❷盤珪国師の開山堂❸寺宝館❹中国殷代の青銅器
住所/姫路市網干区浜田812 電話/079-272-1276

播磨屈指の禅寺を訪ねて

網干が生んだ偉人といえば江戸時代の禅僧、盤珪国師です。網干区浜田の出身で、17歳で出家し、厳しい修行を重ねた後に「不生禅」を説きました。各地を行脚し、開創した寺は47、その弟子は400人に及んだといわれる盤珪国師の拠点が龍門寺。伽藍は江戸初期から中期の建造物で、創建当時の様子を今に伝えています。4月の第1日曜日とその前日に行われる献茶会でもよく知られています。

あぼしまち交流館を散策の拠点に

網干の町にはここで紹介している歴史的スポット以外に、豪華な屋台が繰り出す秋祭りで有名な「魚吹八幡神社」、セルロイドの技術指導で日本に来任したイギリスやドイツの技術者のために建てられた宿舎「ダイセル異人館」をはじめ、たくさんの文化遺産があります。

そんな網干の観光情報を集めるなら「あぼしまち交流館」へどうぞ。ボランティアガイドを頼んだり、散策マップを手に入れたり。また、定期的に開催するイベント「網干まちなかあるき」では、名所旧跡ごとにガイドが待機して案内してくれます。観光レンタサイクルもお薦めです。

旧水井家住宅 非公開

山本家住宅と同じく室津道に面した建物は、大正11年に建てられました。戦前まで材木問屋を営んでおり、その屋敷構えは豪壮。大正期の建築らしく階高が高く、1階に入ると高い吹き抜けと太い梁に驚かされます。天井や欄間、襖引き手などにも凝った造作が多く、見応えがあります。原則非公開ですが、イベント時などに内部公開されることがあります。

あぼしまち交流館住所/姫路市網干区余子浜12電話/079-255-8001
加藤家住宅 非公開

江戸時代、成田屋と称して回船業を営んだ加藤家の住宅。国の登録有形文化財、市の都市景観重要建築物等。江戸末期に建てられたといわれ、主屋や離れ座敷、内蔵、長屋門などの建物が現存しています。付近には勝海舟の揮毫(きごう)による石碑が残ります。

船渡八幡神社

神功皇后にまつわる伝承をもつ地に鎮座する神社。境内には宝暦9(1759)年と文化4(1807)年の御神燈や、安政4(1857)年、文久2(1862)年の年号を刻んだ玉垣があります。写真は本堂、向拝柱の下にひっそりと彫られた亀。

金刀比羅神社

丸亀藩の飛び地であったことから、四国の金刀比羅神社が勧請された神社があります。大己貴命(おおなむちのみこと)ほか数神を祭ります。御神燈は天保14(1843)年のもの。水盤には讃岐の地名や船の名前などが刻まれています。

古民家が靴屋&カフェにイシヅカ靴店

昔ながらの風情あふれる住宅街にひっそりとたたずむ古民家。オーナー自らリノベーションしたという店内は、高い天井が心地よく、ソファ席やこたつ、押し入れを利用した半個室など、ついつい長居したくなる空間となっています。イタリアで修業した靴づくりは工房で。姫路の革を使ったオーダーメイドの靴は5万円~。好きな色、好きな革、好きな形で作る靴は一生の宝物になりそうです。

住所/姫路市網干区津市場439-1
電話/080-4239-9283
時間/午後1時〜6時

丸亀藩陣屋跡

龍野藩主でもあった京極家が丸亀に移された後、陣屋を置いた場所に陣屋門が残されています。隣には「雪の朝 二の字二の字の 下駄の跡」の句を残した田捨女の石像も。

広報推進員のコメント

広報推進員 佐藤美佐子

今回は網干のまち歩きを体験。山本家住宅では大理石の玄関や豪華な応接室、ステンドグラスなど重厚な造りに圧倒されました。そんなまち歩きに笑いと物語を添えるのはボランティアガイドの皆さん。楽しいお話に時間を忘れてしまうほどでした。皆さんも網干で歴史を感じてみませんか。

広報推進員写真