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姫路市立豊富小中学校

TOYOTOMI ELEMENTARY AND JUNIOR HIGH SCHOOL

〒679-2122 姫路市豊富町御蔭925番地

電話番号:(前期課程)079-264-0021 (後期課程)079-264-0039

学び・くらしの風景 ~ 蔭山の里の遺跡・文化財(1) 焚堂(やけどう) 2021年3月4日(木曜日)~

  • 公開日:2021年3月4日
  • 更新日:2021年3月4日
  • ID:9526

南北朝時代「蔭山の里」酒井に残る草堂跡のエピソード

 酒井集落のほぼ中央に四角く仕切られた一画があります。680年ほど前、ここである出来事が起きました。町史を記した「豊富町の歴史」には、当時の様子が以下のように書かれています。

 南北朝(1336年~1392年)のことを記した書物『太平記』の中に、「出雲の国の守護職 塩冶判官高貞(えんやほうがんたかさだ)の妻で、絶世の美女として都で評判の高かった早田夫人は足利尊氏の執事 高師直(こうのもろなお)に懸想され(思いを寄せられ)その難を避けるため、夫と別行動で出雲へと逃れる途中、この蔭山の里へたどり着いた。しかし追手の軍勢の激しい攻撃を受け、早田夫人は女の子と共に侍達に守られながら、草堂に入り火を放ち自害した」とある。今、酒井集落の中央にあるこの小堂が、焼けた草堂の遺跡であるといわれ、境内には文政2年(1819年)に建てられた「蔭山焚堂早田妙應夫人之碑」(全高3m余)がある。

 「焚堂」の跡は今も地元の方々が手入れをされ、歴史を感じさせる場所としてひっそりとたたずんでいます。また、焚堂の近くには、下に示す「袖かけの松」の他に、「圓通寺」「要(かなめ)の森」「歯神さん」「尼が池」など、この悲しい出来事に由来する場所がいくつかあります。歴史を感じ、当時をしのびながら蔭山の里を歩くのもいいかもしれません。

       (参考:豊富中学校区地域夢プラン、豊富校区地域夢プラン実行委員会復刻)  写真撮影2021年2月末

焚堂跡

酒井集落のほぼ中央に石垣で囲まれた焚堂跡があります

悲劇を記した石碑

入口付近に焚堂の出来事を記した石碑があります

早田夫人の碑

焚堂跡に建てられた「蔭山焚堂早田妙應夫人之碑」

碑を背負う屓贔

碑を背負うのは龍の子ども「屓贔(ひき)」だそうです

梅と碑

碑のそばに早春の光を浴びて梅の花が咲いていました

水仙と碑

焚堂跡は地元の方がきれいに整備されています

早田夫人が思いを託した「袖かけの松」

 また、早田夫人にまつわる伝説は焚堂の南西50mあたりの地蔵堂境内に「袖かけの松」として残されています。ここは早田夫人が、追手が今まさに迫ろうとしている危機を知って「この松に心があるならば、私の哀れな最期を後世に長く伝え残してほしい」と自分の衣の小袖をかけ、しばしの休息をとった場所だと言い伝えられています。現在、この松は枯れてしまいましたが、根元の部分が今も地蔵堂境内に大切に保存されています。

由来が書かれた看板

「袖かけの松」の由来が書かれていました

小祠

碑の後ろにある小祠に「袖かけの松」が保存してあります

袖かけの松

小祠に「袖かけの松」が大切に保存されていました

CSコーディネータが学び・くらしの風景をお届けします

この「学び・くらしの風景」では、CSコーディネータが学校の「ちょっとした風景」をご紹介していきます。

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