姫路市立豊富小中学校
TOYOTOMI ELEMENTARY AND JUNIOR HIGH SCHOOL
〒679-2122 姫路市豊富町御蔭925番地
姫路市立豊富小中学校
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〒679-2122 姫路市豊富町御蔭925番地
酒井集落のほぼ中央に四角く仕切られた一画があります。680年ほど前、ここである出来事が起きました。町史を記した「豊富町の歴史」には、当時の様子が以下のように書かれています。
南北朝(1336年~1392年)のことを記した書物『太平記』の中に、「出雲の国の守護職 塩冶判官高貞(えんやほうがんたかさだ)の妻で、絶世の美女として都で評判の高かった早田夫人は足利尊氏の執事 高師直(こうのもろなお)に懸想され(思いを寄せられ)その難を避けるため、夫と別行動で出雲へと逃れる途中、この蔭山の里へたどり着いた。しかし追手の軍勢の激しい攻撃を受け、早田夫人は女の子と共に侍達に守られながら、草堂に入り火を放ち自害した」とある。今、酒井集落の中央にあるこの小堂が、焼けた草堂の遺跡であるといわれ、境内には文政2年(1819年)に建てられた「蔭山焚堂早田妙應夫人之碑」(全高3m余)がある。
「焚堂」の跡は今も地元の方々が手入れをされ、歴史を感じさせる場所としてひっそりとたたずんでいます。また、焚堂の近くには、下に示す「袖かけの松」の他に、「圓通寺」「要(かなめ)の森」「歯神さん」「尼が池」など、この悲しい出来事に由来する場所がいくつかあります。歴史を感じ、当時をしのびながら蔭山の里を歩くのもいいかもしれません。
(参考:豊富中学校区地域夢プラン、豊富校区地域夢プラン実行委員会復刻) 写真撮影2021年2月末
酒井集落のほぼ中央に石垣で囲まれた焚堂跡があります
入口付近に焚堂の出来事を記した石碑があります
焚堂跡に建てられた「蔭山焚堂早田妙應夫人之碑」
碑を背負うのは龍の子ども「屓贔(ひき)」だそうです
碑のそばに早春の光を浴びて梅の花が咲いていました
焚堂跡は地元の方がきれいに整備されています
また、早田夫人にまつわる伝説は焚堂の南西50mあたりの地蔵堂境内に「袖かけの松」として残されています。ここは早田夫人が、追手が今まさに迫ろうとしている危機を知って「この松に心があるならば、私の哀れな最期を後世に長く伝え残してほしい」と自分の衣の小袖をかけ、しばしの休息をとった場所だと言い伝えられています。現在、この松は枯れてしまいましたが、根元の部分が今も地蔵堂境内に大切に保存されています。
「袖かけの松」の由来が書かれていました
碑の後ろにある小祠に「袖かけの松」が保存してあります
小祠に「袖かけの松」が大切に保存されていました
この「学び・くらしの風景」では、CSコーディネータが学校の「ちょっとした風景」をご紹介していきます。
CSコーディネータ・・・CSとは、コミュニティ・スクールの略です。CSコーディネータは、地域とともにある学校づくりに向けて豊富地域の魅力発見や学習の支援・調整などを行うことが専門の先生です。姫路市立豊富小中学校
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