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姫路市立書写養護学校

SHOSHA SPECIAL NEEDS SCHOOL

(本校)〒671-2203 姫路市書写台三丁目148番地1(分教室)〒670-0061 姫路市西今宿五丁目3番8号高岡病院内 地図

電話番号:(本校)079-266-0028(分教室)079-297-7600

しょしゃの子 【学校通信】

  • 公開日:2020年4月17日
  • 更新日:2024年3月22日
  • ID:2600

2024年3月22日

みなさん、ありがとうございました。

今日で令和5年度が終わります。これまで、本校の教育活動にご理解とご協力を頂き、子どもたちが安心で安全に過ごすことができる環境づくりにご協力いただいたことには感謝しかありません。本当にありがとうございました。学校というところは、子どもたちが主役になる場所であることは、間違いないのですが、関わる全ての人たちの協力で、子どもたちを支えることができるところです。例えば、校外学習です。まず、子どもたちの健康状態を保護者から聞き取り、気をつけることを教職員が共通理解します。そして、行先では、看護師さんや介助員さんと一緒に子どもたちの様子を見守りながら、教員が子どもたちに目の前に広がっている世界を分かりやすく伝えたり、触れたりさせることで体験ができるという具合です。その体験から学んだことを子どもたちの心の中に積み重ねていくことで、自分自身が変わることになる、つまり、成長していくことになるわけです。まずは、身体、体調がよくなければ、楽しいことも楽しく感じることはできません。まずは、体調を整えるという難しい部分を子どもたちは、一生懸命に頑張っているわけです。それから、日々の学習活動における慣れない刺激に対して、受け入れていくということを少しずつ克服しながらチャレンジしてくれるわけです。嫌なことは身体で表現してくれますから、これは、ちょっと苦手なんだなぁと教えてくれます。これって、すごいことですよね。「医療的ケア」も子どもを知ることでは、絶対に必要なことです。教員が3号研修を受けて、法的に可能な医療的ケアを実際に目の前の子どもに処置することは、子どもの辛さや苦しさを受け止めつつ、苦しさがとれていく姿を見て「あぁ、よかった。しんどかったね」と思えることが子どもを知ることになるわけです。もちろん正しい手技で医療的ケアを実施しないと子どもたちの命にかかわることになりかねません。だからといって、教員が「医療的ケア」をしないというのでは、教育の本質に迫ることはできないと思っています。書写養護の先生方は、初めは抵抗があったかも知れませんが、「医療的ケア」をすることで、子どもへの愛おしさが増してくることを体験してくれています。これは、私の個人的な思いですが、保護者のみなさんと看護師さんと協力して子どもたちが生きやすい状況を創り出すことには、奥深い意味があると感じています。障害のある子どもたちを教育することは、子どもたちが「今、生きている」ことを誠実に受け止めて、違う世界へ、ゆっくりと導いていくことだと思えるようになりました。社会にいかに適応できるかという目標に導くのではなく、「あなたが感じていることは○○なんだ。よっしゃ、わかった。なら、△△してみようか」と少しずつずらしていき、少しでもずらすことができれば、笑顔で褒めていくことが、この子たちに自信をつけ、自分は頑張ったということを実感したり、違う感覚で捉えたりすることができるのだと思います。特別支援教育とは「待つ教育」「褒める教育」と言えます。自分自身がそれを実行できたかどうかは自信がありませんが、これからは予測不可能な世に中になるのは必至です。障害のある子どもたちが必ずしも生きやすい世の中になるかどうかはわかりませんが、願いを込めて言うと、共生社会を実現してほしいと思います。今、障害のある人や子どもたちが生きにくいと思っている障壁は、周りの環境を変えることで、その人に寄り添えるものになると思います。あと一つ、最も大事なことは、その制度に、人の心もついていけることです。たまたま、書写養護学校に集まった子どもたちと保護者の皆さんと私たち学校教職員が過ごした日々は、今まで味わうことのなかった感動の日々であり、言葉で表現できないほどの楽しい日々でした。大げさかもしれませんが、生きている時にみなさんと出会えた、この奇跡に感謝です。そして、素直で純粋な子どもたちと出会えたことで自分も成長できました。目に見えない大切な物に気づかせてくれました書写養護学校のすべてのみなさんに感謝しています。ありがとうございました。

2024年3月4日

みんなに出会えたから変われたよ

3月になりました。令和5年度もあと数えるほどになりました。この1年間を振り返って、何か一つでもできるようになったことはありましたか、新しいことを経験することはできましたか。先日、中学部で研究授業がありました。その後、事後研修で、授業について話し合う機会を設けました。その時、先生方に「授業は子どもたちが変わるもの」ですと話をしました。今回の授業では、子どもたちが試行錯誤する中で変容する姿を引き出してくれました。この授業を学校と読み替えると「学校は子どもが変わるところ」と言えます。「子どもが変わる」というのは、支えている大人が変わらなければ実現しないことです。教えようとか、繰り返すことで変えられるというものではありません。教師の「願い」が子どもに伝わったとき、子どもは変わっていきます。従って、子どもは私たちを変えてくれる大切な存在です。医療的ケアも子どものそのままの姿です。その姿が訴えてくる表出はないけれど、思いという「言葉」は、クラスで子どもに声をかけ、反応を見たり、連絡帳を見て今日の調子を確認したり、同僚同士で情報交換したりすることで、その言葉の意味を理解できるわけです。その意味がわかるということが、自分の変化に大きくかかわってくるのです。保護者も同じだと思います。年齢が上がるにつれて変化していく子どもの身体と心は、保護者も初めて見る姿であったり、今まで見たことがない姿であったりした場合は、どうしたらいいか分からなくなります。その時、先生方との情報交換をすることでより深く理解することができるのではないでしょうか。「発信する子ども、それを受け取る大人」、「変化する子ども、今までと何か少し違うよと感じることができる大人」というように、変わっていかなければ子どもを理解することはできません。言い換えると「成長する子どもの対等な伴走者としての大人」です。小さな変化かも知れませんが、それを引き出すために自分を変化させ、子どもの「言葉」を理解しようとする工夫が肢体不自由教育の肝です。みなさん、この子たちと出会えたから、子どもの思いに気付くことができ、その気持ちを受け止め、気持ちを意欲に変換して、新しい価値を生み出す喜びを教えてくれたと思いませんか。子どもたちには感謝しかありません。「ありがとう」ございました。

体験を社会参加につなげていく、自信が後押しをしてくれます

3月1日に姫路市役所の1Fロビーで、中学部、高等部の生徒が販売学習を行いました。そこは、毎日、障害のある方が、作業所などの事業所で作ったクッキーやパン、布製品などを順番に販売しているところです。本校の生徒が販売学習をするのは初めてのことでした。この学習を実施するために、作業班の生徒は、作業学習の授業時間を使って革細工、りんか編み、ミシンを使っての作品を丁寧に仕上げ、包装もしてくれました。コロナ禍で、ここ4年間は、感染防止のため学校外の人との交流をできるだけ少なくして、体験活動を実施せざるを得ない状況が続きました。生徒の社会参加を促すために、できるだけ、人とのかかわりを体験させることで、社会に積極的に交わろうとする姿勢を身に付けさせたかったので、やっと今回の販売学習が実現して、とても嬉しくて、販売する姿を見て感動しました。生徒の様子は、一般のお客さんに対応する姿と本校の保護者や教員に対応する姿とは明らかに違っていました。市役所では、少し緊張して作業をしていたように思えましたが、自分自身のやり遂げた充実感を身体で感じることができたようで、顔つきが変わっている様子から、大きな自信ができたと確信しました。このように、1つ1つですが、ハードルを社会と同じ環境に調整することで、就労につながる力を身に着けていくことは、経験すればするだけ身につく大切な機会です。保護者のみなさんも一般のお客さんに交じって参加してくださいました。お子さんの成長を実感されたのではないかと思います。日頃から、「『障害のあるなしに関わらず』○○ができる」ということが実現する社会を作ることを目指して、学校教育に取り組んできました。先生方にもその考え方を伝えてきました。障害があることは、恥ずかしいことではありません。自分の力を精一杯発揮しないことが恥ずかしいことです。できるから、よいというのではなく、できなくても力いっぱい取り組んだ結果であれば、堂々と「できないので助けてください」と言えばいいと思っています。社会では、生産性を求められ、できなければ価値が低いことと評価されるのは、間違っています。成熟した社会であれば、そこに生きている人の価値を平等に見て、できなくても、一生懸命頑張っている姿に目が向くことで見える景色は違ってきます。みなさんの笑顔は、接してくれるだけで、関わる人に元気を与えてくれます。そういう存在が社会では、なくてはならないものです。宮田先生は、「教育は人生に彩りをあたえるもの」と言われました。生きていくために必要なことは、さまざまな経験を通して、人として豊かになること、障害の程度に応じて、やれることに精一杯取り組もうとする姿を養うことが、人生をより豊かにしてくれる彩りではないかと思います。まさに、今回の販売学習は、社会参加のはじめの一歩だったと思いました。みんなありがとう。

2024年1月31日

つながる、気づく、動く

能登半島地震が起きて、4週間(1か月)が過ぎました。やっとボランティアの受け入れや鉄道、飛行機などが被災地に入れるようになりました。しかし、水道などのライフラインが届いていないところが多く、復旧までにはまだまだ遠い状況です。この原因の一つに、道路が寸断されていたり、地震で道路の通行止めになったりしていることがあると言われています。その中で、住民の方たちの絶望が癒されていないなか、自分たちでできることを考えて、お互いを励まし合い、助け合っている姿が印象的でした。人は一人では生きていけません。必ず、誰かに助けてもらったり、反対に、助けてあげたりして生きています。自分一人ではできないことも助けてもらえるとできるようになることは数多くあります。この時、大切なことは自分から「助けて」と声をあげることです。自分から声をあげられない場合は、周りの関わってくれている人たちが、今、目の前にいる人が何をしてほしいと感じているか、思っているかを普段の生活から想像して、声をかけて、助けてあげられるかにかかっています。本校の子どもたちのことを思うと、いろんな人と関係を結ぶ機会が少なく、出会えたとしても、絆として結ぶことが苦手な子どもたちです。自分に関わってくれる人をいかに増やすか、そして、関わってくれる人と心を繋げることができるかを考えたとき子どもたちには、人を惹きつける力があることに、出会った人は気づくはずです。そして、子どもの「笑顔」を通して、きっと、その奥にある「繋がりたい」と思っている気持ちに気づくはずです。そのつながりは、子どもたちの依存先になります。その依存先を増やすことが、豊かに生きていくことになるのです。

あゆみ展、心の動きを聴いてください

今年のあゆみ展が始まりました。1年間、教室で取り組んだ活動の成果としてできあがった作品がたくさん展示されています。作品を見ると、子どもたちの製作場面の様子が頭をよぎり、子どもたちの息づかいを感じます。動きにくい手を一生懸命、動かせて、好きな色を選んで仕上げています。担任の先生と子どもたちとの心の交流を通して、作り手の思いを引き出して表現しています。あふれる子どもたちの思いがこもった作品ばかりです。どうぞお子さんの作品だけでなく、友だちがつくった作品も鑑賞していただき、比べるのではなく、一人ひとりの心の動きを味わってください。簡単な説明もつけています。情景を思い浮かべて、その作品の奥深さに共感いただけたら大成功です。一部、兵庫県肢体不自由児者美術展に出品しております。2月5日以降に返却された作品を展示しますのでご期待ください。

「ふ」「く」「し」の意味

新聞の記事から知ったことですが、福祉とは、「誰もが持っている幸せになる権利」。もともと福祉は幸せの意味で、英語の「wellbeing」「welfare」で「快適に生きる」ということのようです。昔から福祉の世界では、「ふくし」の「ふ」をふだん、「く」をくらし、「し」をしあわせ、つまり、「普段のくらしの幸せ」という意味をあらわしている言葉だそうです。憲法25条の生存権に加えて、これからの福祉は、憲法13条「すべて国民は、個人として尊重される」という意味合いを加えて制度自体を見直さなければいけないと書かれていました。身近なところに福祉の考え方が生きている社会とは、どれだけ「自分ごと」として困っている人を意識して手を貸すことができるかということです。駅で車いすの人を見かけたら、駅員が介助するものだと思うのではなく、普通の人たちが支え合うことが、当たり前になれることです。

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