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姫路市立 網干小学校

ABOSHI ELEMENTARY SCHOOL

あの日を忘れない(終戦記念日)

  • 更新日:
  • ID:27439

令和8年度

私が網干小学校に赴任して3回目の終戦記念日を迎えることになりました。今年は戦後81年です。太平洋戦争を経験された方の平均年齢は86歳を超え、元兵士の平均年齢は100歳を超えているそうです。そのような中で、今年もマスメディアではあの日を忘れないために多くの特集を組んでいます。私も今年は網干小学校校長室に残っている資料の中に、戦争のことをどう思っていたかを書き残したものを探してみましたが、見つけることはできませんでした。でも、戦時中の様子を知らせるものは百年史(百周年記念の刊行誌)の中に見つけました。昭和17年に卒業した方は、「…同じ学びの庭に育った多くの同窓生のうち、暗い日本の運命と共に、もっとも酷薄な戦いの場で青春を散らせた多くの先輩達のいることを…」と記し、昭和21年度卒業の方は、「…姫路や相生が空襲に遭い、この次はいよいよ網干や。ダイセルや芝浦があるからなと噂している大人たち…」と戦時中の様子を振り返る文章が残っています。また、当時は戦局の悪化に伴って運動場の半分以上が芋畑になり、食糧事情の悪化に備えたようです。当時の写真も残っています。

児童が戦時中に運動場で中隊訓練を行う様子

中隊訓練の様子

女子が戦時中に運動場で薙刀練習を行う様子

薙刀練習

この2つの写真はいずれも網干小学校運動場での写真で、実際に戦時中にあった光景です。戦時中に強制的には戦地に派遣されることのない子どもたちが授業中に軍事訓練を受けることは、子どもも含めた国民すべてに戦争で戦えという恐ろしい考え方があったからでしょう。しかも、それが間違っていると言えないのが戦争なのです。網干小学校は幸運にも戦火を逃れたため、網干小学校にある卒業者名簿も明治時代から残っています。卒業アルバムもたくさん残っています。しかしながら卒業生の中には出兵で命を落とされたり、児童の中には少年航空兵として招集されたりした子もいたようです。太平洋戦争は網干の人たちも含めて多くの日本人が身近な人を失っています。戦争経験者は年老いてもはっきりと戦争には反対だと意志表示します。では私を含めて戦争経験がない人はどうでしょうか。マスメディアでは現在も世界で起こっている戦争を中立の立場で伝えていますので、耳に入る情報はどちらの国にも言い分があるような話ばかりです。でも理由はともあれ「戦争はあかん」とはっきり言える大人でありたいと思っています。皆さんはどうでしょうか。

令和7年度夏

今年は太平洋戦争が終了して80年が過ぎ、新聞もテレビでも戦争についての記事がとても多かったような気がします。私が校長になってから学校だよりに戦争について書いてきましたが、今年は『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』というタイトルが気になり、この夏に読むことにしました。この本は歴史学者で東京大学教授の加藤洋子先生が、ある学園で冬休みの5日間に中高生向けに講義した内容を1冊の本に編集したものです。内容は史実を基になぜ日本が戦争をしたのかを説明しているのですが、日本だけでなくアメリカ、イギリス、中国、ロシア等の研究者の話も含めた説明です。あまりにも情報が多くて詳しくは把握できませんでしたが、日本には戦争を選ばない選択肢はあったものの、日本が戦争を選んだということはよく分かりました。では日本が今後、戦争をしない国を続けるためには何が必要なのでしょうか。私が思うのは子どもではなく、まず大人が当時の日本人が体験した戦争について知ることが大事だと思っています。戦争を経験した人にしかわからない辛さは経験者に聞くのが一番だと思いますが、80年前の出来事を語る人はだんだんと少なくなっています。でも80年の間に記録されたものはたくさんあります。例えばNHKの特集番組では、当時の日記を集めて1941年から1945年の移り変わりをまとめた映像を見たり、体験したことを音声に残したものを聞いたりしました。そんな番組を視聴するだけでも戦争はしないという気持ちになります。また、この夏に読んだ本から考えさせられたのは、歴史的な背景の中で多くの過ちがあって、それが戦争につながっているという事実です。今後の社会は将来の予測が困難な時代(VUCA時代)になると考えられていて、教育現場ではそれに対応したカリキュラムが考えられていますが、もし誤った判断をした時にも修正できる力を身に着ける必要があると言われています。そのためには群集心理で理由もなく人の意見に流された判断をしない生き方と、判断に迷ったときに助けてもらえる人間関係を大切にする生き方が必要だと私は考えます。歴史学者の磯田道史先生の本「司馬遼太郎で学ぶ日本史」では小説家の司馬遼太郎さんが21世紀の子どもに望むことは共感性と自己の確立であると書かれていましたが、まず大人が共感性と自己の確立を大切にしていかないと子どもは見向きもしないような気がします。大人が子どもたちに見習ってもらえる生き方をすることも戦争をしないことにつながる大事なことだと考えます。子どもたちを戦争に巻き込まないために、保護者の皆さんも年に1度は戦争と向き合ってみてはいかがでしょうか。

参考文献:
加藤洋子著「それでも日本人は戦争を選んだ」
磯田道史著「司馬遼太郎で学ぶ日本史」

令和6年度夏

日本ではいつも8月中旬にマスメディアで取り上げる話題があります。1945年に終戦を迎えた太平洋戦争です。私(校長)には戦時中の記憶はありませんが、前に私の母から「79年前の姫路空襲の時に姫路市から龍野市に荷台を引っ張って逃げた。」と聞いたことがあります。避難した当時の母は小学校低学年だったため、戦争について聞いた話はこの程度のことです。今年のある新聞の特集は姫路市で編成された陸軍のある中隊がビルマ(現在のミャンマー)の戦地で154名亡くなり、他にも行方不明者もいる中、14人だけ帰国したことが書かれていました。名古山霊園には亡くなられた方のために記念碑が建てられているようです。毎年メディアを通していろいろなことを教えてもらっていますが、姫路でも出兵されて多くの方が亡くなっていることは知りませんでした。現在も戦場のウクライナやガザ地区では戦火に怯えながら生活していることを考えると、日本では子どもたちが当たり前のように学校に通えることはとても幸せなことだと思います。しかしながら戦争被害について体験された方は段々と減りつつある今は、身近に戦争体験を聞くとも難しくなりました。戦争体験の話も、他国よりも自国の方が聞く子どもたちにとっても感じ方が変わります。2学期始業式では79年前に戦争が終結したことや、戦争がないから学校にも来られることを話しました。どうかご家庭でも日本でも戦争があったこと、被害にあわれた方がたくさんいたこと等、話す機会を持っていただければありがたいです。

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