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あしあと

 

    見野の郷交流館(見野総合センター)周辺の地域

    • 公開日:2016年2月1日
    • 更新日:2023年1月13日
    • ID:2295

    見野の郷交流館(見野総合センター)周辺の地域についてご紹介します。

    四郷町のいわれ

    四郷町は市川の下流左岸に位置し、市川の氾濫原と八家川の南流する沖積低地からなり、中央に八重鉾山(小富士)・仁寿山の丘陵を有する。

    明治22年の市制・町村制の実施に伴い、坂元・山脇・上鈴・中鈴・本郷・見野・明田・東阿保の8大字が合併して四郷村となり、役場を坂元に置いた。四郷村は、初めは飾東郡に属していたが、明治29年からは飾磨郡となり、昭和32年に姫路市と合併した。8大字は四郷町を冠称し、姫路の大字として継承した。村名の由来は、東阿保を除いた名大字の用水源である「四郷井」からとったものである。

    四郷地域には5世紀後半の代表的な円墳である宮山古墳をはじめ、見野や阿保の群集墳など多くの古墳がみられ、古くより開けた土地である。神功皇后の説話も多く、元取山の東は御幡の鈴を建てられたことにより、鈴野と呼ばれ、狩場となり、「きぎすなく鈴野に君かくちすえて遊びますなりいざ待ちて見ん」(飾磨郡誌)の有名な藤原俊成の歌も残っている。

    見野古墳群とは

    6世紀頃になると群集墳とよばれる小規模でたくさんの密集した古墳が各地で造られるようになった。

    見野古墳群は、見野古墳群和光公園付近を中心に麻生山山麓に散在する、古墳時代後期の横穴式石室の一群で、市教育委員会の調査により20基の古墳が確認された。

    その内特色のあるのは、1つの封土に2つの横穴式石室が並行して造られているもの{6号墳}、玄室(棺を置く部屋)と羨道(入り口から通路)の境界に壁がつくられた痕跡のあるもの{7号墳}、石室の全長が11mで長さ5m幅3.3mの天井石が露出し玄室の側石も4.4mもあり「姫路の石舞台」と呼ばれているもの{10号墳}等である。

    姫路出身のアーティストが、四郷への想いを歌にしてくれました

    「あなたが繋ぐ未来(そら)」の歌詞

    添付ファイル

    SONG by ぴゅあ

    作詞 富岡美緒
    作曲 高山真純
    編曲 ぴゅあ

    吹き抜ける風 幾重(いくえ)の時と
    未来へむけた願いのせて
    あなたに届け あなたを包め
    響け あなたが繋ぐウタ

    ふるさと行き交う人の笑顔とかけ声に
    いくつもの縁(えにし)を感じながら歩んだ
    空を見上げて繋がっていく想い
    吹き抜ける風 幾重(いくえ)の時と
    未来へむけた願いのせて
    あなたに届け あなたを包め
    響け あなたが繋ぐウタ

    太古の人々の歴史が現在(いま)も息づく
    愛と強さとそして未来(あす)への想い感じた
    ここで「出逢う」は 遥か昔の誓い
    吹き抜ける風 あなたと共に
    想いを込めて空へ高く
    あなたに届け あなたを包め
    響けあなたのいる故郷(まち)へ
    永遠に響け四郷町で

    「ぴゅあ」について

    姫路出身の若い3人の女性によるバンドです。地域を中心に活動しています。