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Vol.3 農家 / 岡本将司さん

  • 更新日:
  • ID:31966

子どもたちの未来に“かっこいい農業”を。姫路が育んだ伝統野菜を守り繋ぐ若手農家の挑戦

岡本将司さん写真1枚目

自身が生まれ育った姫路市兼田で農業を営む岡本将司さんは、地元の在来品種「海老芋」をはじめ、葉物野菜や季節野菜など年間30品目100品種以上を栽培する若手農家。一度は地元を離れ、大手企業でサラリーマンとして働いたのち、農業の道へと進んだ背景には、若さゆえの葛藤と挑戦心、そして地元農家が抱える問題がありました。

岡本 将司(おかもと まさし)さん

1987年生まれ。2016年、新卒で入社した大手家具メーカーを退職し、地元・姫路市兼田にUターン。神戸の先進農家で一年間の研修を経て、2017年に就農。2022年には自身の会社「おかもと農園」を設立し、家族と協力しながらビニールハウスと露地の両方で葉物野菜の栽培を手がける。現在は、若手農家団体「HANDS(ハンズ)」の会長としても活動し、地域農業の未来を担う存在としてメディアやSNSで注目されている。

農業から逃げるように飛び出した青春時代

岡本将司さん写真2枚目

12代続く農家の家に生まれた岡本さん。幼いころから畑作業を手伝うことも多かったそうですが、思春期には泥臭い農業の仕事に恥ずかしさを感じることもあり、友人には父の職業を「サラリーマン」と伝えていたこともあったとか。農業を継ぐ未来を思い描くこともなく、大学進学を機に京都へ。経営学部を卒業したのち、趣味のインテリアを仕事にしたいと大手家具メーカーに就職し、関東圏で流通や販売に携わりました。

仕事を楽しむ一方で、クレーム対応も多く、お客さんに謝ることが日常の一部となり、自分の裁量で動ける余地はほとんどなかったといいます。社会の歯車の一つとしてこのまま一生を終えていいのか――そんな葛藤を抱える中で、岡本さんは自分の手で責任を持って取り組める仕事を模索するようになりました。

離れたからこそ気付けた農業の魅力

岡本将司さん写真3枚目

大企業のサラリーマンとして働く中で、少しずつ農業への見方が変わっていったという岡本さん。「農業はすべてが自分の責任に直結し、自分の選択や努力が成果になる。そう思ったとき、農業って実はかっこいい仕事かもしれない」と感じるようになったそう。

さらに、岡本さんの心を大きく動かしたのが、帰省するたびに深刻化する地元・兼田の農村風景。多くの農地が放棄され荒れ果てている状況を目にし、「ここを変えられるのは自分しかいない」。そう思い立った岡本さんは、27歳で姫路に戻り、農業の道を歩む決意を固めました。

野菜作りは結果が目に見えるから面白い

岡本将司さん写真4枚目

今では小松菜、水菜、ホウレンソウなど年間30品目100品種以上を作る岡本さんですが、農業を始めた当初は土壌の性質や気候に左右され、思うように成果が上がらなかったといいます。「何か新しいことを取り入れないと、何も変わらない」。そう思い立った岡本さんは、土や肥料づくりにおいて先進的な取り組みを行う神戸の農家のもとへ一年間研修に通い、学びを深めたそう。就農して10年近く経つ今でも土づくりへの探求は欠かさず、廃棄されるコーヒーかすを活用したり、卵の殻やサンゴを砕いたものを肥料として試したり、日々試行錯誤を重ねています。

岡本将司さん写真5枚目

種まきから30日程度で収穫でき、季節問わず出荷できるなどメリットも多い葉物野菜。しかし、糖度や地域性を武器に売り出しやすい他の農産物と比べ、差別化が難しいという一面もあるそう。そこで岡本さんが「おかもと農園」の強みとしたのが圧倒的な鮮度。スーパーに並ぶ野菜の多くは、市場に出荷されたのち県外へ輸送され、店頭に並ぶまでに2〜3日かかりますが、岡本さんの野菜は地産地消にこだわり、翌日には消費者の手に届くことがほとんど。「岡本さんの野菜は刃を入れたときの音が違う」そんな声が届くほど、抜群の鮮度が武器になっています。

伝統野菜「海老芋」との出合い

岡本将司さん写真6枚目

岡本さんが特に力を入れているのが、兼田地区で昭和初期から栽培される伝統野菜「海老芋」。反り返った形や土寄せによって生まれる縞模様が海老と似ていることからその名が付き、縁起物として地元ではおせち料理にも使われています。 

近くを流れる市川からの豊富な地下水と、野菜作りに適した砂地の土によって栽培が盛んになり、かつては30軒以上の農家が手がけ、天皇陛下へ献上もされたという貴重な海老芋。しかし、暑い時期に頻繁に水やりや草引き、追肥、水やりなどの重労働が伴い、収穫まで7、8カ月を要することから栽培する農家が減少。岡本さんが就農したころには、出荷を行う農家はたった一軒になっていたそうです。

岡本将司さん写真7枚目

そんなとき、岡本さんの活躍を耳にしたその農家から種芋を譲ってもらったことをきっかけに、海老芋栽培にチャレンジすることに。現在、収穫できるのは1年に200株程度と、まだまだほかの野菜と比べると栽培規模は小さいものの、育てる農家が少ないことから、海老芋は岡本さんの代名詞になっています。

「農業は何を作るも自由ですが、明日から新しく伝統野菜を生み出すということは不可能なので、そんな特色のある地域で農業ができることは誇らしいです」と語る岡本さん。「誰かが守ってくれていたからこそ今も残る伝統野菜を次世代につなぎたい」と意気込みを見せます。

地域の人々とともに守り続けたい、農業の未来

岡本将司さん写真8枚目

20代から50代まで10人の有志が集う農家団体「HANDS(ハンズ)」の会長も務める岡本さん。メンバー同士でイベントを企画したり、情報交換をしたりしながらお互いを支え合っています。

岡本将司さん写真9枚目

2024年には、地元姫路の調理製菓専門学校「みかしほ学園」とコラボし、「HANDS」のメンバーが育てる野菜を使ったレシピ大会を開催。海老芋を使ったシャーベットなど、生産者も驚く斬新なアイデア料理が披露されました。「姫路を離れ、別の場所で活躍する子も中にはいると思いますが、姫路に伝統野菜があるということを誇りに思ってほしい」と岡本さん。仮に姫路を離れ、別のまちで自分の店を開いても、その地域の野菜の魅力を発信する料理人になってくれれば日本の農業は続いていくと、未来の担い手に期待を膨らませます。

2025年10月には、同校と地元の坊勢漁港と手を組み、地元産の鱧(ハモ)と野菜を主役にしたレシピ大会も開催。地域の生産者、そして料理人の卵とともに、姫路の農業の未来を守る活動を続けています。

“かっこいい農業”を子どもたちに

岡本将司さん写真10枚目

業界全体が抱える人手不足の問題にぶつかる今、一人でも多くの子どもたちに農業の楽しさや野菜のおいしさ、そしてこの地で守り継がれている海老芋の存在を知ってほしいと、地域の保育園や小学校での食育活動にも力を注いでいます。現代の子どもたちにとっては、畑に入って土と触れるだけでも“非日常”の体験。野菜嫌いの子も自然と食の大切さと向き合うようになり、小学校での「なりたい職業アンケート」で今までになかった「農家」に3票が入ったときは、思わずガッツポーズが出たとか。いつか“あの時の岡本さんの話を聞いて、農家になりました”という子が現れることを夢見ているそう。

岡本将司さん写真11枚目

3児の父として日々子育てにも奮闘する岡本さん。そんな岡本さんの今の目標は、「かっこいい農家」そして「かっこいい父親」であること。「今は喜んで畑に付いてきてくれるという息子たちも、そのうち過去の自分のように農業を恥ずかしいと思う年頃になるかもしれない。それでも、いつか“お父さんの仕事ってかっこいい”と思ってもらえるように、これからも挑戦を続けたい」と力を込めます。

安定したサラリーマンの職から、180度違う農業の世界に飛び込んだ岡本さん。その選択は、「責任」が伴う一方で、「自由」と「可能性」にあふれ、自分の“やりたい”を形にする挑戦が生きがいにつながっています。伝統野菜を守り、仲間とともに地域の魅力を発信し続ける岡本さんの挑戦は、これからも姫路の農業と子どもたちの未来に、新たな可能性を切り開いていくことでしょう。

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