ページの先頭です

共通メニューなどをスキップして本文へ

Vol.11 SNSクリエイター / 姫路ママみっちゃんさん

  • 更新日:
  • ID:32327

本音で伝え、本気で届ける。姫路を愛するローカルインフルエンサー

姫路ママみっちゃん写真

“ごく普通のママ”だった一人の女性が、気づけばフォロワー4万4千人の心を動かす存在に──。姫路で生まれ育ち、姫路へのまっすぐな愛をSNSに乗せて発信し続けるのが、SNSクリエイター“姫路ママみっちゃん(以下「みっちゃん」という。)”です。かつて、孤独と自己肯定感の低さに押しつぶされそうだった日々。みっちゃんのあの明るい笑顔の裏側には、静かに燃え続けてきた“内なる情熱”があります。彼女が歩んできた、涙と転機と希望のストーリーに迫ります。

姫路ママみっちゃんさん

1992年、姫路生まれ。若くして二児の母となり、孤独や自己肯定感の低さに悩んでいた時期、知人の紹介で2020年にミセスコンテストへ参加。そこで価値観が大きく変わり、SNS発信の世界へ飛び込む。ママ目線の姫路情報を届けるアカウントは、現在フォロワー4万4千人を超え、姫路を代表するSNSクリエイターの一人として知られている。また、“ママの孤独”を減らしたいとの思いからコミュニティを立ち上げるなど、地域と人をつなぐ活動も展開。姫路をフィールドに、地元の魅力を発信し続けている。

“まち”に育てられ「人の温かさ」に触れた幼少期

みっちゃんの幼少期

山と海、そして都会がちょうどいいバランスにある姫路市。その中でも、みっちゃんが生まれ育った船津という地区は、日本の原風景に囲まれたのどかな田舎まちで、みっちゃん自身も故郷を「人との距離が近く、温かさのある場所」と話します。

幼少期に遊ぶ様子

学校から帰ってきたら玄関の前に野菜が置かれていたり、家にだれもいないときには親戚でもない近所のおじいちゃんの家に遊びにいったりということも、日常茶飯事だったそう。時には叱られることもあり、地域全体で子どもたちを育てる――そんな文化が根づいていたと振り返ります。

過去について語るみっちゃん

その空気が自然と息づく中で育った幼少期は、みっちゃんの「明るさ」や「だれとでも気さくに話せる性格」、そして「人を想う優しさの土台」になりました。地域の温かさに包まれながら過ごした時間こそが、今の活動へとつながる原点なのです。

孤独と不安。“自分”を見失いかけていた日々

育児に追われる日々

食べることが好きだったことから栄養士を志し、大学では栄養学を専攻。大学は卒業したものの、結婚と同時に1人目を妊娠・出産したため、社会人としての経験を積むことなく育児に追われる日々が始まりました。我が子をかわいく思い、育児を楽しむ一方で、「周りの友人は働いているのに、私はこのままでいいのだろうか…」という心の葛藤も芽生えるようになります。

2人目を出産

その2年後、24歳で2人目を出産。2児の母となり“幸せな日々が始まる”はずが、現実は真逆でした。社会とのつながりは徐々に途切れ、気軽に遊べる友だちも減り、みっちゃんは、「日に日に自己肯定感が薄れ、自分に自信がなくなっていた」と当時を振り返ります。

涙をこぼす日も多く、心の置き場がどこにも見つからない辛い時期が続きました。

「ミセスコンテストに参加したら?」友人の一声で世界が一変

転機となったミセスコンテスト

そんなみっちゃんに、人生の転機が訪れます。それこそが「ミセスコンテスト」でした。「ミセスコンテスト」とは、外見の美しさだけでなく、内面の知性や生き方、社会貢献への意識なども総合的に評価する大会。年齢問わず女性ならだれでも参加することができ、みっちゃんも「今を変えたい!」という一心で、今までの自分にとってまったく縁もゆかりもなかった世界に飛び込みます。 

大学は神戸に通っていたものの、姫路というまちからほとんど出たこともなかったみっちゃん。しかし会場では、大阪や神戸から集まった多様な女性たちと出会い、「自分が見ていた世界はなんて狭かったんやろう」と気付かされます。

特に心を揺さぶられたのは、70代、80代になっても夢を語り、コンテストの舞台上で輝き続ける女性たちの姿。“学生で出産した”という後ろめたさや、「お母さんになったら夢は諦めなあかん」という思い込みに縛られていた彼女にとって、それは胸が熱くなるほどの衝撃でした。「お母さんでも夢を持っていいんや」――そう強く背中を押された瞬間だったのです。

さらに彼女の人生を方向づけたのが、「ミセスコンテスト」の参加者向けの本格的なトータルビューティープログラム「ビューティーキャンプ」。その中の審査項目の一つ「YouTube審査」に向けて開講された「SNS講座」で、みっちゃんはSNSという存在と出合います。

ミセスコンテスト出場

そして迎えたコンテストの本番。参加者の一人であり、圧倒的なフォロワー数を誇るインフルエンサーの投稿に、いいね数も再生数も桁違いで伸びていく様子を目の当たりにし、「SNSって、こんなにも人を動かすんや…!」と、心の底から衝撃を受けたといいます。

この出来事こそが、みっちゃんを“発信者”の道へ導いた最初の扉でした。

“ママ”を武器に地元を繋ぎ、人を照らす存在へ

SNS発信者となる

「ミセスコンテスト」で価値観が大きく揺れ動いた彼女は、その経験を胸にSNSの世界へと踏み出します。最初の発信テーマは、自身が最も悩み、最も欲していた“ママ目線のリアルな情報”。子連れで行ける店、おむつ替え台などママにとってほしい設備情報、子どもが喜ぶメニューがあるかなど、自分自身が子育てをする中で「あったらいいな」と思っていた情報を、現役ママのリアルな視点から発信したいと動き始めます。

ママたちの共感を呼ぶ

その投稿は多くのママたちの共感を呼び、今では4万4千人を超える人が彼女の言葉に耳を傾けるように。そして彼女の強みは、単なるグルメ紹介ではなく、お店の想いや背景まで掘り下げ、魅力を飾らず“本音で”伝えるスタイル。現在は地元のお店にとどまらず、市外・他県からも依頼が集まり、店舗や企業、行政までジャンルを越えて“魅力を世の中へ届ける橋渡し役”として活躍しています。

コミュニティままのわ

さらに2022年6月には、かつての自分のように孤独を抱えるママたちのためにコミュニティ「ままのわ」を立ち上げ、交流会やイベントを開催。SNSの枠を越え、「ママの居場所を作ること」にも情熱を注ぐようになります。

そして2025年10月には、姫路青年会議所主催「ひめじ未来ラボ」のリーダーの一人として、地場産業の魅力を次世代に伝える大規模な「おしごと体験型イベント」を企画。姫路の未来を担う500人以上の子どもたちに、地元企業の価値と仕事のおもしろさを届けるという大業を果たすなど、イベントプロモーションといった新しいジャンルにも積極的に取り組んでいます。

発信のその先へ。“繋ぐ人”として、次のステージへ

撮影の様子

子育てをしながら孤独を抱えていた過去があるからこそ、同じ思いをしているママたちの“こころの居場所”をもっと増やしたい。地元企業や飲食店の想いを知ったからこそ、その魅力をもっとたくさんの人に届けたい。そして、姫路で育つ子どもたちには、地元を誇りに思える経験をもっと増やしたい——。そんな願いを胸に、みっちゃんは「人と企業」「ママと地域」「子どもと未来」を繋ぐ活動を、これからも丁寧に続けていきます。

スキヒメメッセージ

発信者として。ママとして。そして姫路を心から愛する一人の市民として。小さな一歩を積み重ねることで、いつか大きな未来につながると信じて——姫路ママみっちゃんの挑戦は、これからも続いていきます。

関連情報