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Vol.13 アーティスト / 松岡裕喜さん

  • 更新日:
  • ID:32427

人生はアート——逆境の連続から“世界を味方”に変えたアーティストの物語

松岡裕喜さん写真

たこ焼き屋のアルバイトからはじまり、アパレル店員、そしてアーティストへ。姫路の街角で、人生をまるでアートのように、思いのままに描き変えながら歩む人がいる。次々と訪れる転機や逆境を力に変え、自身のアパレルブランド「Himejien」を通して、世界中にファンを生み出す松岡さん。その根底には“人と繋がる喜び”と“姫路への静かな情熱”があふれていました。

松岡 裕喜(まつおか ゆうきさん

1984年生まれ。姫路市出身・在住。2013年にブランド服の販売代行業として起業し、約20店舗を展開。2019年にオリジナルブランド「Himejien」を立ち上げるも、コロナに見舞われ、2020年に芸術家として活動を始める。その後、国内外でのギャラリーに出展しその名を広め、2021年、アパレル×お土産ショップ×ギャラリー「Himejien」を移転オープン。現在は大手前通りに2店舗を構える。

原点は“居場所を失った日々”

ひめじえん外観

自身のブランド「Himejien」のプロデューサーやアーティストとしてその名を広め、世界各国から姫路へと足を運ぶファンも多い松岡さん。今では海外の展示会からも声がかかり、メディアにも多数出演する、まさに“スポットライトの中心”にいるような彼にも、かつては人を信じられない時期があったといいます。 

遡ること、小学生時代。周囲との人間関係に悩み、学校へ行くことが難しくなってしまったという松岡さんは、勉強にもついていけず、家にも帰りづらくなり、外で夜を過ごした日もあったそうです。

音楽活動の様子

そんな苦しい日々の中で松岡さんを支えてくれた存在が音楽でした。父親の影響で中学時代からギターに夢中になり、時には1日10時間以上練習に明け暮れる日もあったとか。上達していくうちに、自然と周りに人が集まり、“友だち”と呼べる音楽仲間もできました。「人と繋がるだけで、こんなにも前に進めるんだ」そんな喜びが、松岡さんの現在の“価値観の芯”となっていきます。

たこ焼き屋で見つけた“届ける”楽しさ

学生時代

その後、中学・高校へと進みますが、学力面では思うようにいかないこともあり、高校を離れることに。その後、さまざまなアルバイトを転々としていた松岡さんは、街角の小さなたこ焼き店と出会います。なんとなく始めた仕事は思いのほか数カ月続き、生活も安定してきたある日、経営会社から業績不振のために店の撤退を告げられます。従業員が次々に辞めていく中、松岡さんだけはようやく手にした仕事を諦めきれず、「3カ月だけこの店を任せてほしい」と申し出ました。 

そこからたった一人で、店長として店の経営を任された松岡さん。1カ月目は、ひたすら味の研究。大阪の人気店を巡って学び、原価を見直し、“安くておいしいたこ焼き”を目指して試行錯誤しました。そして2カ月目は、店を知ってもらうため、店の前を行き交う学生たちに無料でたこ焼きを振る舞い、まずは味を知ってもらうことに全力を注ぎました。そして迎えた3カ月目。店はついに過去最高売上を達成。その瞬間、松岡さんの胸に熱い思いが灯ります——「ものが売れるプロセスって、こんなにおもしろいんや」。学生時代に感じた“人と繋がる喜び”は、今度は“自分の工夫で誰かの手に届ける楽しさ”へと変わっていきました。

心が踊る仕事を求めて、自社ブランド設立へ

アパレル経営

元々洋服が好きで、時間さえあればファッション雑誌を読み漁っていたという松岡さんは、次のステップとしてアパレル業界へと進みます。たこ焼き店で「結果を出す楽しさ」を知り、そのノウハウをアパレル業界でも確立すべく、他店のスタッフの動きを細かく観察し、接客を学ぶためにあまり興味のない高級ブランドの服を自腹で購入することもあったといいます。その努力のかいあって売上は順調に伸び、数年間もの間、右肩上がりの業績を出し続けました。

転換期

当時、多数のアパレルブランドの代理販売業を行い、会社の代表として20店舗まで事業を拡大していた松岡さん。大きな商業施設のテナントの中で売り上げ一位まで昇りつめ、周りから注目される存在までに成長していましたが、その一方で心の奥にはずっと違和感があったと振り返ります。

「結果は出ているのに、なんで心が踊らへんのやろ」。そんな葛藤を抱える中で、「自分の手でつくったものを届けたい」「自分の故郷である姫路を背負うブランドを立ち上げたい」という思いが芽生え、2019年、念願のアパレルブランド「Himejien」を設立。それは松岡さんにとって、音楽がそうであったように、“自分を表現できる居場所”であり、生まれ育ったまちに対する恩返しでもありました。

コロナ禍、人生を変えた一枚のキャンバス

アトリエで絵を描く様子

念願のお店をオープンして束の間、わずか3カ月後にコロナ禍が直撃。売上ゼロの日が続き、貯金は底を尽きました。動きたくても動けない閉塞感だけが重くのしかかっていたある日、後輩に誘われるまま何気なく足を運んだ「バンクシー展」が人生を変えるきっかけとなります。 

「コロナで人が居なくなって、売上が落ちても仕方ない」。そう思い込んでいた松岡さんの前に広がっていたのは、その言葉を覆すような光景。展示会場にはたくさんの人が集まり、熱気に満ちていたのです。「この活気に嫉妬した。俺も、何かおもしろいことがしたい」。胸の奥で燻っていた思いに火がつき、一気に燃え上がりました。帰宅すると、後輩にもらったキャンバスにペン一本で描き始め、そのまま48時間、ライブ配信をしながら眠らずに絵を描き続けたといいます。

最初に描いた絵

その配信を観ていた視聴者から、一つのメッセージが届きます。「しんどいとき、この絵を見たらがんばれる気がする。俺にこの絵を買わせてくれ」。絵を描き始めてまだ2日。自分が“手探りで描いただけの絵”を、誰かが“お守り”のように感じてくれている——その事実は、松岡さんの心を深く震わせました。思い返せば、音楽を通して人とつながれた学生時代も、たこ焼き店の店長として挑戦した日々も、アパレルで接客を磨いた時間も、すべては“誰かと繋がる”ことで前へ進めてきた経験ばかりでした。そして今度は、絵がそのきっかけになろうとしていたのです。

「Himejien」が描く“世界から姫路へ”の未来

海外の展示会

それから「Himejien」の立て直しのために、自分の絵をリターンにしてクラウドファンディングを開設すると、予想をはるかに超える支援が集まりました。その勢いはメディアを動かし、さらに海を越え、海外の展示会から声がかかるほどに広がっていきます。

展示会の様子

ミラノ、ドバイ、バルセロナ、パリ、ロンドン——。世界各地で活躍の場を広げるなかで、海外から松岡さんに会いに、姫路を訪れるファンも増えていきました。そんな人たちをもっと楽しませたい、おもてなししたいという思いから、「Himejien」では“観光のユニフォーム”“ファッション”“お土産”という3つのコンセプトを掲げています。

オリジナルブランドの立ち上げ

例えば、ハワイに行けばアロハシャツを着て観光したくなるように、日本を訪れる外国人観光客にも“旅のユニフォーム”があったらおもしろいのでは?そんな発想から、半被のように着られるデニム素材の羽織や、着物のように袖の広がりを取り入れたTシャツなど、“日本らしさ”と日常でも取り入れやすい“ファッション性”を兼ね備えた新しいスタイルを生み出しています。

キーワードは縁

旅先では気持ちを高めてくれるユニフォームとして、日常では気軽に楽しめるファッションとして、帰国後は旅の記憶を呼び戻すお土産として。こうして一枚の服が“記憶をまとう服”へと姿を変え、また新しい誰かを姫路へと連れてくる“縁”を生み出していくのです。

人の物語が、まちの魅力になる

ずんげらぼっこ

ギャラリーとしても機能する「Himejien」では、松岡さんが日々描く作品が飾られています。コロナ禍に描いた代表作「Zungerabokko」(写真右)は、“ずん”と気分が落ちるようなことがあっても、“ゲラゲラ”笑い返してくれるような存在。人の悲しみや涙を包み込み、前向きにしてくれるキャラクターです。

オリジナルキャラクター

「Zungerabokko」はどこか松岡さんの人柄を表すようで、人間関係で悩んだ過去も、仕事とひたむきに向き合った日々も、コロナ禍で感じた絶望感も、すべての“逆境”さえ味方に変えながら、予測不能な人生を思いのままに楽しむ、彼の生き方そのものを投影しているのかもしれません。

大手前通り

そんな松岡さんには、もう一つ思い描いている未来があります。それは、創作の拠点である姫路の中心地・大手前通りを、もっとおもしろい場所にしていくこと。現在も歴史を物語る銅像が点在していますが、そこに姫路の伝統とアートをかけ合わせた作品が並んだら、道ゆく人の感性をくすぐる“文化の通り”になるのではないか——。

スキヒメメッセージ

「姫路には、世界に誇れるポテンシャルがある」。そう語る松岡さんにとって、姫路は単なる地元ではなく、人の物語が交差し、新しい表現が芽生えていく“キャンバス”のような場所。ここで生まれる作品がまた人を呼び、訪れた人の物語がまちの魅力になっていく——。松岡さんの描く未来は、姫路というまちそのものが“ひとつのアート”になる世界なのかもしれません。松岡さんの物語は、これからも姫路を、そして世界を巻き込みながら続いていきます。

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