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Vol.22 出版社経営 / 浦谷さおりさん

  • 更新日:
  • ID:32918

「こんな本があったらいいな」を一緒に――地域と共に歩む出版社が描く姫路の未来

浦谷さおりさん写真

世界文化遺産・姫路城を中心に、城下町として発展してきた姫路市。その歴史あるまちで、600年以上にわたり日本の暮らしとともに進化してきた畳文化。今も人々の暮らしを足元から支えているのが「畳」です。一級畳製作技能士として、姫路で畳づくりに向き合う小西泰博さんは、“ミリ単位の精度”が求められるこの仕事に、どんな思いで向き合っているのか。姫路のまちと畳の関係、そして職人としての矜持(きょうじ)について話を聞きました。

浦谷 さおりうらたに さおりさん

姫路出身。地元タウン誌の編集職を経てフリーランスのイラストレーターやライターとして活動後、結婚を機に東京に拠点を移し、出版社で月刊誌の副編集長を務める。2016年、Uターン移住して出版社「金木犀舎」を立ち上げ。同社の代表取締役として、企画から編集・デザイン・出版までトータルに手がけている。

挑戦は「明日があるとは限らない」と気づいた日から

取材の様子

浦谷さんが“本をつくる人”を志した原点は、幼い頃からの憧れでした。絵を描くこと、本を読むことが大好きで、高校・大学では美術部に入り、絵を描くことに没頭する毎日。そんな日常を大きく揺らしたのが、阪神・淡路大震災でした。 

当時、大学美術部の展覧会が間近に迫り、下宿先で徹夜して作品を描いていたとき、激しい揺れに襲われ、家を飛び出したといいます。目の前のアパートや道路はぐちゃぐちゃ。息を呑む光景に、浦谷さんの胸をよぎったのは「人間いつ死ぬかわからない。もしかしたら、明日死ぬかもしれない。やりたいことに向かって今すぐ動かないと」という思い。その震災をきっかけに大学を離れ、出版の世界へと飛び込みました。

現場で覚えた“本づくり”の基礎

図書館

イラストレーターとして仕事を探し始めたある日、縁あって地元のタウン誌を発行する会社に入社することに。そこでは、取材から執筆・編集・入稿に至るまでのDTP業務を幅広く手がけ、本づくりに必要な工程を一つずつ学びました。 

その後、フリーランスとして独立し、神戸や大阪でイラストレーターやライターとして活動。もともと旅が好きだったことから、一時は沖縄へも移住し、2006年にはデビュー作『ヌーヤルバーガーなんたることだ 沖縄カルチャーショック』(西日本出版社)を出版。地域の特色の強い沖縄では、島暮らしや観光にまつわる書籍を出版する事業者も多く、刺激の多い毎日だったと振り返ります。

都会の暮らしで見つけた、“地域密着型出版”への道

パネルに記入する様子

結婚を機に東京へ拠点を移した浦谷さんは、出版社に就職。子育てと仕事を両立しながら、約10年にわたって書籍づくりの現場に立ち続けました。そんな大好きな編集の仕事を続ける日々の中で、ある“気づき”が浦谷さんの心を動かします。

「東京には出版社がたくさんあるので、巷で話題に上がった人がいれば各社で取り合いになる。結果的に、首都圏で活躍する人の本がつくられやすいんです」。その一方でふと思い出したのが、地元・姫路の存在。「姫路にだって活躍している人がたくさんいるのに、スポットライトが当たっていない。だったら自分で出版社を立ち上げて、一緒に本づくりができる場所をつくれないか」。

さらに子育てを通して気づいたのが、「どこの保育園でも本棚のラインアップが似ている」という現実でした。「全国で知られる有名な絵本はそろっていても、子どもたちが暮らす地域の物語は驚くほど少ない。一方でテレビを見ていると、ドラマに出てくる景色だったり、芸能人が紹介している飲食店だったりの場面には、首都圏の子なら身近に感じられるものが多くあります。画面の向こうの出来事が、自分の暮らしの延長線上にあり、“行ってみたい”“やってみたい”がすぐに現実になる。それは本も同じで、もし本で見た情景を次の日曜日に見に行けるとしたら、そういう体験って、子どもたちの夢や選択肢を大きく広げると思うんです」。

首都圏と地方とで、“メディアと日常の距離感の違い”を実感した浦谷さん。「もっと地域に密着した本づくりができたら、見える景色も変わる」。その気づきが、ふるさとである姫路で出版社を立ち上げる決意へと繋がっていきました。

一人で始め、まちと共に広げた出版

金木犀舎

2016年、姫路に帰郷し、たった一人で「金木犀舎」を立ち上げた浦谷さん。出版社を始めて、最初にぶつかったのは“流通の壁”だったと当時を振り返ります。「出版社は実績がないと問屋を通せず、全国の書店に本を並べるのは簡単ではありません。実績もツテも何もない中、直接まちなかの書店を回って頭を下げ、取引をお願いする日々でした」。納品も返本も一人でこなす。効率や利益率を考えれば、無謀に見える道でした。 

それでも、手を差し伸べてくれる書店が少しずつ増え、姫路で出版社を経営する珍しさもあり、地元メディアが取り上げてくれたことも追い風になりました。「姫路には温かい人が多く、挑戦を後押ししてくれる風潮がある」。そうした積み重ねの先に、少しずつ流通の道が開け、今では全国へと本を届けられる体制が整っています。

1,251人の声でできた絵本。姫路城が“自分の家”だったら?

地域での会議

「地域と一緒に本をつくる」。そんな浦谷さんの夢が形になったのが、子どもたちの声を集めて制作した絵本です。主体となったのは、「金木犀舎」主宰で月に1回開催している「みんなでつくる絵本の会(通称みんつ)」。子どもが好きな人、読み聞かせが得意な人、本に関わる仕事に就いている人など多彩なメンバーが集まる会で、『ひめじ城ナイト』のプロジェクトがスタートしました。

子どもたちへの問いかけはシンプル。「もし姫路城が自分の家やったら、何して遊ぶ?何に困る?どこを模様替えしたい?」。小学校や学習塾、イベント等で集めた回答は、なんと1,251人分。子どもたちの“やりたい!”が詰まったアイデアを、物語の中に丁寧に織り込んでいき、巻末にはアンケートに協力してくれた子どもたちの名前も載せました。

地域と作成した本

物語の主人公になるのは、姫路城に住む68体のシャチホコたち。シャチホコ一体一体に名前を与え、命を吹き込み、姫路城を舞台にすべり台で遊んだり、鬼ごっこをしたり、子どもたちの願いを叶えていくストーリーへ。企画から完成まで約2年半。手間も時間もかかった分、「子どもたちが、“自分たちの手で作った本だ”と思ってくれているのが何よりうれしい」と浦谷さんは笑みをこぼします。

みんなで作り上げた物語は本だけに留まらず、保育園や小学校での読み聞かせ会では紙芝居をつくり、歌や“シャチホコダンス”まで生まれました。絵本が地域のイベントになり、子どもたちの思い出になっていく。それはまさに、浦谷さんが夢見ていた、“暮らしと本が繋がるまち”の景色でした。

“まちのサイズ感”が、挑戦を後押しする――

スキヒメメッセージ

東京や大阪など全国各地で暮らしてきた浦谷さんが、姫路の魅力として語ったのは「自然の近さ」、そして「人と人の距離感」でした。 

心を落ち着かせたいときには、市街地から車を10分ほど走らせ、白浜のビーチへ行くという浦谷さん。都会の機能がありながら、少し足を延ばせば海も山もある。その心地よいバランスが、この先もここで暮らしていきたい理由といいます。

そしてもう一つ、いい意味で、姫路が “手のひらサイズのまち”であること。「姫路って、頑張ってる人同士が繋がれるまちなんですよね。おいしい店、おもしろい取り組み、そんな旬の情報が巡りやすく、声をかければ会える距離にいる。その“近さ”が、地域と一緒に本をつくる活動にも活きています」。 

本を起点に、人が出会い、繋がり、新たな物語が生まれていく。子どもたちが「自分の手でつくったものが形になる」と実感できる。その積み重ねが、“姫路で暮らす未来”を少しずつ豊かにしていくのかもしれません。「こんな本があったらいいな」――そんな小さな願いを、一緒に形にしていく場所が、姫路にはあります。

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