Vol.26 保育士 / 森 梨絵さん
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みんなで “子育て”できるいいまちへ—姫路で「やさしい繋がり」を育てる

あえて“保育園で働く保育士”という枠に収まらず、「社会と家庭の隙間」にある困りごとに向き合ってきた“すきま保育士”の森梨絵さん。子どもを預かるだけではなく、子育てと向き合う家庭の声なき声に耳を澄まし、理学療法士や作業療法士とも繋がりながら、子育て環境そのものを耕し続けています。子を持つ親の孤立や孤独を“深刻になる前に防ぐ”ための場づくりにも力を注ぐ、森さんの活動に迫りました。
森 梨絵(もり りえ)さん
姫路市出身。京都の大学で保育士免許を取得した後、大阪に拠点を移し、児童養護施設や民間企業での勤務を経て、子育て環境開花事業「kinit(きにっと)」を立ち上げる。その後は家族の事情をきっかけに、2023年秋ごろから姫路へUターン。現在は、保育士の視点から、保護者と地域をゆるやかにつなぐ場づくりを行っている。
「好き」と「共感」を軸に、自分らしい道を歩む

姫路で生まれ、弟二人と一緒に育った森さん。小さなころから弟の面倒を見たり、年下のいとこと遊んだり、だれかの面倒を見るのが好きで、保育士という仕事にも関心を持っていたといいます。ただ、将来の夢を考える年ごろになって感じていたのは、「保育士になりたいけれど、保育園で働くことが想像できない」という感覚でした。子どもに関わる仕事がしたい。できれば今、子育てをしている人があればうれしいもの、もしくはなくて困っているもの生み出せたらーーそんな思いを抱えながら進路を考えていたそうです。
もともと絵を描くことが好きで、中学、高校と美術部に所属していた森さん。一時は洋画の道も考え、人気で倍率の高い芸術大学の洋画学科から合格をもらっていました。ところが土壇場で進路を変更し、「保育」と「芸術」の両方を学べる新設学科のある芸術大学を選びました。
進学や就職を考える時はいつも、「その組織のトップがどんな考えを持っているか」を大切にしてきたという森さん。どんな理念のもとで運営されているのか、自分がそこに共感できるのか。目の前の肩書や知名度ではなく、“自分が納得できる価値観”を基準に進路を選んできたことは、その後の働き方にも通じています。
子どもと芸術、両方を学んだ学生時代

進学を機に京都へ移り住み、保育士資格の取得のために、発達学、心理学、栄養学といった学問から、ピアノやダンスなどの表現活動まで幅広く学ぶ一方で、油絵、日本画、立体表現など、芸術の分野にも深く触れる日々を過ごしました。
一見すると別分野にも思える「保育」と「芸術」ですが、森さんにとっては自然な形で結びついているものといいます。芸術は、答えがないからこそだれもが向き合える“共通言語”のようなもの。何を描くか、何を感じるかに正解はなく、その人なりの表現やそこに至るまでのプロセスに大切な意味があるように、保育も結果だけを見るのではなく、その子がどう感じ、どう育っていくのかに寄り添う。そうした関わりの積み重ねが、子どもたちの心の豊かさを育んでいくのだと、森さんは語ります。
在学中には複数の団体で役職を担い、イベント企画や、学生と教職員をつなぐ役割として活躍するなど、学業以外にも積極的に活動。立ち上げ期ならではの課題や、逆に長年続く組織の硬直化やしがらみにも直面するたび、「こうすればもっと良くなるのでは」と考えずにはいられなかったといいます。思いついたら、自分で動く。学生時代に培ったその姿勢が、今の企画力や周囲を巻き込む力に繋がっています。
子育ての背景にある“環境のすきま”とは

森さんが保育について学ぶ中で知ったのは、児童虐待の加害者の多くが実母であるという衝撃的な事実でした。「どうして、お腹を痛めて産んだ母親が、自分の子どもに手をあげてしまうのか」疑問を抱いた森さんは、学内のネットワークを通じて、身近なお母さんたちの声を丁寧に聞き始めます。どういう時にしんどくなるのか、何がつらいのか、なぜ追い詰められるのか。たくさんの話を聞く中で見えてきたのは、“母親自身が社会から追い込まれている”という気付きでした。
「妊娠や出産は本来祝福されるべきことなのに、実際には職場で『すみません』『ご迷惑をおかけします』と伝えることから始まります。子どもを育てる中で、キャリアや趣味、自分の時間を諦めざるを得ない人も多い。それなのに、母親には“子育てをして当たり前”、“子どもをかわいく思えて当たり前”という無言の圧力がある。そうした社会の構造が、母親たちを孤立させ、苦しめているのではないか」。
だからこそ必要なのは、母親を責めることではなく、子育てする人たちを取り巻く“環境を整える”こと。子どもを預かることだけではなく、しんどい時にしんどいと言えること、だれかに頼ってもいいと思えること。その環境をつくることが、自分が保育士としてこれからやっていきたいことだと考えるようになりました。
“すきま”に寄り添う、新しい保育の形

大学卒業後は、児童養護施設と民間企業での勤務を経て、周りに頼らずゼロから土壌を築きたいと大阪に転居し、2013年に子育て環境開花事業「kinit(きにっと)」を立ち上げました。「kinit」という名前には、編み物のニットのイメージが重ねられています。一目一目は小さくても、丁寧に編み重ねることで、やがて形になっていく。人と人との繋がりも同じで、温かい糸のようにその輪が繋がっていけばいいという願いが込められています。
事業の中で森さんが取り組んできた取り組みの一つが、「すきま保育士」という新しい保育のあり方。保育園のお迎えや習い事の送迎、講習会やイベント時の見守り、保護者が少しだけ手を離したい時のサポートなど、既存の保育制度だけではカバーしきれない場面に寄り添うために生まれたものです。
また、単なる託児だけでは終わらせず、理学療法士や作業療法士などとも連携しながら、保護者がふとこぼす発達への不安にも耳を傾けてきました。「ハイハイの仕方が少し気になる」「周りの子と比べて自分の子は〇〇ができない」といった日常の小さな相談を、専門職に繋げるのもすきま保育士の役目です。
活動の初期には厳しい声も少なくありませんでした。「子どもを産んでいないのに育児の何がわかるの」「保育園に所属しない保育士なんて、変」「他人が人の家庭に入り込むなんて受け入れられるはずがない」。そんな辛辣な言葉を受けても、必要な指摘と、受け流していい言葉を見極めながら前に進みました。その結果、利用した人たちの口コミで需要はどんどん広がり、すきま保育士の活動は、確実にだれかの支えになっていきました。

事業とは別で、これまでママが周りに言えなかったその“ままの声”、ママ自身も気づいていなかった初めて世に出す声“ママの初声”として、アート(絵)で表現する「ままのうぶごえプロジェクト」を発足。大阪市立デザイン教育研究所の学生とコラボしママの本音をLINEスタンプにする取り組みも実施。保育と芸術を隣り合わせで学んできた森さんならではの起点が生かされた企画でした。
まちと一緒に紡ぐ、温かな繋がりを

大阪で活動の場を広げながらも、2023年秋ごろには、家族の事情を理由にふるさとである姫路へUターン。その後は「一般社団法人ひとネットワークひめじ」にも所属し、姫路駅前広場の活用を中心としたまちづくり活動にも多数参加してきました。
さらに現在、森さんが力を入れているのが、姫路市立美術館の前庭で開催している「やさしい木かげじかん」というイベント。心地よい開かれた空間で、ワークショップをしたり、お茶を飲んだり、子どもも大人もそれぞれが思い思いに過ごせる空間を作っています。
特徴的なのは、細かな参加ルールやプログラムを決めすぎないこと。来たい時に来て、帰りたい時に帰る。読み聞かせに加わってもいいし、少し離れた場所で休んでいてもいい。子どもを遊ばせながら、親はただ座ってお茶を飲むだけでもいい。そんな“何かをしなければいけない”という日常の束縛から自由になれる場を提供することで、心がふっとほどける瞬間を届けています。
森さんが見つめているのは、深刻な孤立や孤独に陥る、そのもっと手前の段階。今はまだ困っていない人も、気付かないうちに疲れを溜めているかもしれない。だからこそ、しんどくなりきる前に、少し深呼吸できる場所を地域の中につくっておきたい。そうした予防の積み重ねが、結果として子育てしやすいまちに繋がっていくと信じ、活動しています。

歴史が深く、このまちを築いてきた上の世代の存在も大きい姫路で、次に目指すのは、新たな価値観をもつ子育て世代と地域とをゆるやかに繋ぐこと。「近くに頼れる親戚ができた」——そんなふうに感じてもらえる距離感で、子育てを一緒に支えていきたいとほほえみます。森さんは今日も、子ども、保護者、地域、行政、それぞれの間にある“すきま”を少しずつ縮め、“みんなで子育てをする未来”を丁寧に育んでいます。

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