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Vol.31 ダンススタジオ主宰/ 石田 能力さん

  • 更新日:
  • ID:33496

「姫路から世界へ」を現実に――ブレイキンで未来を切り拓く、次世代育成の現場

石田さんの写真

姫路の一角に、子どもたちの熱気があふれるダンススタジオがあります。音楽に合わせてアクロバットな動きを交えながら自分を表現する競技・ブレイキン(ブレイクダンス)。子どもたちは何度も挑戦し、できなかった技を乗り越えていきます――。そこにあるのは、技や表現力の習得だけではなく、“自分と向き合う時間”。ブレイキンスタジオ「EMOTION(エモーション)」を主宰する石田さんは、ダンスを通して子どもたちの可能性を広げています。目指すのは、「姫路から世界へ」。その言葉の裏には、これまで積み重ねてきた挑戦と、ゼロから道を切り拓いてきた経験、そして“次世代を創る”という強い想いがありました。

石田 能力(いしだ ちから)さん

姫路市出身。高校時代にブレイキンと出合い、その表現力とカルチャーに魅了される。若くして大会出場やパフォーマンスを重ね、経験を積む中で指導にも力を入れるように。現在は姫路を拠点にブレイキンスタジオを運営し、次世代ダンサーの育成に取り組むほか、協会の運営にも携わり、イベント出演やワークショップの開催などを通して、地域に根ざしたストリートカルチャーの普及と発展に尽力している。

すべての始まりは、ひとつの“出合い”から

ブレイキンのようす

石田さんがブレイキンと出合ったのは高校生のころ。テレビ番組で見た世界的ダンスチーム「MORTAL COMBAT(モータルコンバット)」のパフォーマンスに衝撃を受け、「自分もやってみたい」と思ったことがきっかけでした。

姫路で見つけたスタジオに足を運び、そこで出会ったのが後に師匠となるBboy Yoshitoこと佐田義人さんです。

「それまでの自分は、どちらかというと型にはまることが苦手だった。でもブレイキンは違ったんです。他の人と違うことが評価される。個性がそのまま武器になる世界でした。」。立って踊るだけでなく、回転や逆立ち、床を使った動きなど、自由な表現の幅にも魅了され、次第にのめり込んでいきました。

しかし、石田さんのダンス人生は最初から順調だったわけではありません。初めて出場したバトルでは、本来は40〜50秒踊るはずが、緊張のあまりわずか15秒で終了。ほとんど何もできずに終わったといいます。

大会のようす

それでも、その時の悔しさが原点となり、「もっと上手くなりたい」という気持ちへと変わっていきました。そしてその悔しさを知っているからこそ、今は初めて大会に挑む子どもたちに寄り添いながら、自身の経験をもとに言葉をかけています。

この時期の石田さんに大きな影響を与えたのが、師匠・Yoshitoさんの存在でした。まだ実力もなかったころから県外の大会に連れて行ってくれ、技術だけでなく、考え方や向き合い方を本気でぶつけてくれた存在でした。「できないことも“いいやん”って全部プラスに変えてくれた。逆にダメなときは本気で怒ってくれる。その全部が愛情だったと今は思います」。

しかし高校卒業後、その師匠が亡くなります。目標を失い、進むべき道に迷う中で石田さんが選んだのは、再び外の世界に飛び込むことでした。

当時の姫路にはブレイキンの練習環境や大会がほとんどなく、上達するためには県外へ出るしかありませんでした。石田さんは大阪を拠点に、「MORTAL COMBAT」のメンバーでもある世界的ダンサーのもとでレッスンを受けながら、約2年間、腕を磨き続けます。さらに岡山や東京にも足を運び、交通費や時間がかかる中で、技術も戦い方もすべて自ら試行錯誤していきました。

大会の様子2

その後も幾度となくバトルに出場するものの、負け続ける日々。「正直、勝てない時期の方が圧倒的に長かったです。でも、負けたままで終わるのが一番悔しかった」と振り返ります。

その後、「MORTAL COMBAT」の次世代ユニット「NEXT GENERATION」のオーディションに挑戦。合格後は3軍からのスタートで、周囲は小学生ばかり。身長180cmの自分が低学年の子どもたちと並んで練習する状況に、はじめは戸惑いを感じたといいます。「正直、すごく恥ずかしかった。でも、それでも上手くなりたかった」。その一心で練習を重ね、壁を乗り越えていきました。

どんな状況でも挑戦することをやめなかった石田さん。諦めない気持ちの積み重ねこそが、現在のマインドの土台になっているといいます。

環境をつくるという決意――スタジオと協会の立ち上げ

姫路駅前でブレイキンをするようす

さまざまな人との出会いと別れを経験する中で、石田さんの胸に新たな夢が芽生えます。

その背景にあったのが、家族の存在と環境の格差でした。ダンスで生計を立てられていなかったころも、父は「やりたいことをやればいい」と背中を押してくれ、生活面でも支えてくれていたといいます。その父が亡くなったことをきっかけに、「このまま終わるわけにはいかない」という思いが強くなりました。

さらに、生徒の一人が全国大会に出場した際、岡山や石川など他地域には、常に練習できる場所やレッスン環境、レベルの高い仲間がそろっていることを実感。一方で当時の姫路には、継続的に練習できる場所や大会もなく、「本気で目指せる環境」が不足していました。

「環境がなければ伸びるものも伸びない」。そう考えた石田さんは、本格的にスタジオづくりに動き出します。立ち上げ時には、姫路におけるブレイキンの認知や環境、レベルの向上に加え、「ダンスで生きていける未来を子どもたちにもつくる」という目標を掲げました。こうして2024年、姫路で唯一となるブレイキンのダンススタジオ「EMOTION」が誕生するのです。スタジオ名には、かつてYoshitoさんが率いていたチーム名を継承。 石田さんにとっても特別な想いが込められています。

兵庫県ブレイクダンス協会

しかし、活動を続ける中で、スタジオだけでは越えられない課題にも直面します。社会的信用度を高め、より大きな広がりを生み出すためには、ダンサーだけでの活動に限界があると感じたといいます。

そこで2025年、姫路を拠点に「兵庫県ブレイクダンス協会」を設立。全国大会やダンスキャンプの開催などに取り組み始めました。

さらに、都市部との環境格差を埋めるため、外部講師の招致やトップレベルのダンサーによるワークショップを実施。姫路にいながら高いレベルに触れられる機会を創出しています。

「姫路でも世界レベルに触れられる環境をつくりたい」。その思いのもと、地域や企業の協力も得ながら活動の幅を広げてきました。

ダンスを通じて育てたい“生きる力”

教室でのようす

「“他の人と違うことが素晴らしい”ということは、子どもたちにはずっと伝えています。型にはまらなくていい、自分の感情を大切にしてほしい」。スタジオ名の「EMOTION」には、そんな思いが込められています。

教室でのようす2

また、失敗やネガティブな言葉も前向きに変え、共有することで、挑戦しやすい空気づくりを大切にしています。「継続する力、諦めない力、目標を立てる力。どんな道に進んでも必要なことを、ここで身につけてほしい」と話します。

大会の優勝トロフィー

今でこそ数々の大会で結果を残してきた「EMOTION」。中には、競技を始めてわずか半年で大きな大会を制し、才能を開花させた生徒もいます。

その後も、苦しい時期に前向きな気持ちを持てるよう寄り添い続け、二人三脚で努力を重ねた末、2026年3月開催の「小中学生ブレイキン全国大会・女子小学生高学年部門」で見事優勝。念願の日本一に輝きました。

日々の丁寧な指導の積み重ねが、着実に結果へとつながっています。

こうした成果の広がりにより、現在スタジオには多数の生徒が在籍。さらに今年は、第二スタジオの開設も控えています。かつては環境がなかった姫路に、今では挑戦の連鎖が生まれています。

「姫路から世界へ」――広がり続ける未来

OLD SCHOOL NIGHT のようす

現在はスタジオの拡張や新たな展開も視野に入れ、より多くの子どもたちが挑戦できる環境づくりを進めている石田さん。「環境があれば、子どもたちはどこまででも伸びる」。かつては遠い存在だった“全国”や“世界”が、今では現実的な目標へと変わりつつあります。「タイトルも大切ですが、根本にあるのは地元でブレイキンの魅力を広めること。いつか姫路城の前でバトルをやりたいですね」。石田さんの夢は、さらに広がり続けています。

姫路から世界へ

2年前に石田さんが出場した大会「OLD SCHOOL NIGHT」では、大阪時代に亡き師匠を通じて知り合い、共に競い合った少年と偶然再会、対戦することに。石田さんは、師匠から教わった得意技で試合を締めくくるという、人と人が紡ぐ縁を感じさせる印象的なシーンもあったそうです。「ここまで導いてくれたのは、師匠の存在なくしては語れない――」と石田さんはいいます。

師匠から受け取った想いを次の世代へ。姫路から世界へ――その挑戦は、今も確実に広がり続けています。

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