Vol.24 看護師 / 濵野さゆみさん
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足で守りたいのは「その人の人生」--姫路から広げる、足のトータルケア

看護師として長年キャリアを重ねながら、昨年、新たにフットケア専門のサロンを立ち上げた女性がいます。病院と連携を続けながら地域医療にも携わり、「より良い人生を自分の足で歩んでほしい」との思いから、高齢者の足のケアに加え、子どもたちの靴選びや足の成長を支える“足育”にも力を注いでいます。さらに災害ボランティアにも参加するなど、その活動は多岐にわたります。ホスピタリティという言葉では語り尽くせない、彼女の信念と覚悟。その原点と、足を通して人生を支えるという思いに迫りました。
濵野 さゆみ(はまの さゆみ)さん
1967年生まれ。姫路市出身。看護師として内科・整形外科で30年以上の経験を積む。現場で終末期医療や足病変と向き合う中でフットケアの重要性を実感し、ドイツ式フットケアの専門資格を取得。勤務先の三輪整形外科でフットケア外来を立ち上げ、2025年には姫路市内に自宅サロンを開設。「足を守ることは人生を守ること」を信念に、医療と生活を繋ぐケアを実践している。
歩き続ける人生を支えるため

「その人の人生を守りたいんです」——迷いのないその一言が、すべてを物語っていました。
看護師として、育休期間を挟みながらも30年以上のキャリアを歩んできた濵野さん。内科・整形外科と経験を重ねる中で、足のケアの重要性に着目した濵野さん。現在も勤務する「三輪整形外科」で5年前にフットケア外来を立ち上げ、さらに昨年、自宅にフットケア専門のサロンを開業しました。
「足のケアを通して守りたいものは何ですか?」そう尋ねると、彼女は迷わず“その人の人生”と答えました。「足は、人生の土台です。自分の足で歩けるということは、自分の意思で生きられるということだからです」。朗らかな表情の奥に宿るのは、確かな覚悟と責任感。目の前の一人ひとりと真摯に向き合い、その人らしい人生を支えたい——そんな強い意志が、その言葉から伝わってきました。

濵野さんが医療の道を志したきっかけは、子どものころに通っていた歯科医院。治療が怖くて緊張していた濵野さんに、優しく声をかけてくれたのが歯科衛生士さんでした。その温かさが、ずっと心に残りました。
両親は医療従事者ではなかったものの、中学生のころには「看護師になりたい」と思うように。「女性が一人で生きていくなら手に職を」という親の言葉も背中を押してくれましたが、何より“人に寄り添う仕事がしたい”という気持ちが強かったのだといいます。
命と向き合う現場では、さまざまな出会いと別れがあります。終末期の患者さんを何人も見送ることもありました。そのたびに、「もっとできることがあったのではないか」と自問自答する日々。懸命に向き合っても、一人の力には限界があります。
医師やケアマネジャー、地域の支援者——。みんなで支えてこそ、一人の人生を守ることができるのではないか。その思いが、濵野さんの中で静かに、しかし確かに動き始めました。
フットケアとの出合いが転機に

何かを始めたいと思いながらも、目の前の業務に追われる日々。忙しさの中で、何から手をつければいいのか分からない時間が続いていました。そんなとき、転機が訪れます。それは5年前のことでした。
糖尿病を患う終末期の患者さんの足をケアしたときのことです。傷は深く、状態は決して軽いものではありませんでした。「ここだけでは、この患者さんを守れない」。病院の中でできることには限界がある。もっと早い段階で、もっと広い視点で関われていたら――そう感じた瞬間でした。

日本では、フットケアの認知はまだ十分とはいえません。糖尿病による足病変は、気づいたときにはすでに重症化していることも少なくないのです。「無知は暴力だ」と、濵野さんはいいます。知っていれば、防げたかもしれない。救えたかもしれない——そんな足が、確かにあるからです。
足を守る医療の必要性を感じた濵野さんは、勤務先の病院で「フットケア外来」の設立を提案します。新しい取り組みに、初めは戸惑いや反対の声もありましたが、院長の後押しを受け、足のトラブルを専門的かつ継続的にトータルケアできる場を、ついに形にしたのです。
巻き爪や肥厚爪といった爪のトラブルだけでなく、糖尿病の足病変、歩行や靴の問題まで。単なる処置ではなく、「なぜ起きたのか」「どうすれば防げるのか」まで向き合う外来です。足を守ることは、人生を守ること。その思いが、病院の中に新たな一歩を生み出しました。
姫路というまちでできること

さらに専門的な知識を身につけるため、ドイツ式フットケアを学ぼうと東京へ通い、専門資格を取得。そして2025年、姫路に念願の自宅サロンを開設しました。
「フットケアが浸透している神戸や大阪で活動するという選択肢もありました。でも、まだフットケア専門の機関が少ないこのまちだからこそ、“足を守る医療”を広げたいと思ったんです」その思いが、彼女の背中を押しました。
サロンでは、巻き爪や肥厚爪、魚の目のケアだけで終わらせることはありません。靴の選び方や履き方、さらには歩き方まで丁寧に伝えています。「巻き爪は、切れば終わりではありません。原因を見なければ、また繰り返します」。症状だけを診るのではなく、その人の生活背景や身体の使い方まで見つめることを大切に、必要に応じて医療機関とも連携し、安全を最優先に対応しています。

歩くことの可能性について、濵野さんはこう語ります。「足が弱ると、外出が減ります。外出が減ると筋力が落ちます。そして、筋力が落ちると転倒しやすくなります。爪が長くて引っかかり転倒し、圧迫骨折や股関節骨折に繋がることもある。入院して、退院しても、また転ぶ……。その負の連鎖を、私は何度も見てきました」。
買い物に行けない。人に会えない。気分転換もできない。その先に、認知機能の低下が見られることも。逆に、足が整うことで人生は広がるのです。ある高齢の女性が、施術後に笑ってこう言ったことがあるそうです。「羽が生えたみたい」。その一言と笑顔が、今も彼女の原動力になっています。
“行きたい場所へ、自分の足で行ける”——それは、尊厳そのものなのだと、濵野さんは教えてくれました。
子どもの足も“未来”をつくる

足の問題は高齢者だけのものではありません。間違った靴選びや、運動不足などの影響から足の機能が落ち、足の指でグー・チョキ・パーがうまくできない子どもも少なくないといいます。だからこそ、サイズを正確に測ること、つま先に親指一本分の余裕を持たせること、かかとが安定する靴を選ぶことが大切だといいます。
ほんの少しの意識が、未来の足を守ることに繋がります。その大切さを子どもや保護者に知ってもらいたいと、濵野さんはサロンや勤務の合間を縫って市内でセミナーを開催し、「足育」を推進しています。ときには地域のイベントに出店するなど、より多くの人に足の大切さを伝える活動にも力を注いでいます。
災害ボランティアとして能登へ

“足を守る”という信念は、平時だけのものではありません。フットケアを学ぶ過程で築いた金沢の仲間との縁をきっかけに、能登半島地震の発生直後、濵野さんは支援チームの一員として現地へ向かいます。大阪・兵庫のフットケア専門職が連携し、車に乗り合わせて被災地へ。
しかし、現場は想像をはるかに超える状況。水がない、廃棄もできない、足を洗うことさえままならない環境の中、大阪から持参した水を使い、湯を沸かしながら、工夫を重ねてケアを続けたそうです。

家を失い、靴を取りに戻ることもできない。トイレすら自由に使えない環境。それでも人は、“自分の足で立ちたい”と願うのだと、現地で痛感したといいます。ボランティアを終えて夜に現地を出発し、バスの中で仮眠を取り、そのまま翌日は通常勤務へ。その活動は月に一度、数回に渡りました。仲間と支え合いながら続けた支援活動は、濵野さんにとって大きな転機となりました。
「今、普通に歩けることは、当たり前ではない」。その実感が、“足を守ることは人生を守ること”という信念を、より強く、より揺るぎないものにしたのです。

「私のサロンでは、爪を整えるだけではありません。おしゃべりをして、笑って帰ってもらうんです。ここはそんな“まちの保健室”のような場所にしたいんです」そう話す濵野さん。
足を守ることは、人生を守ること。姫路から、その一歩一歩に寄り添い続ける濵野さんの挑戦は、今日も静かに続いています。


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