Vol.21 畳職人 / 小西泰博さん
- 更新日:
- ID:32851
城下町・姫路の暮らしを足元から支える――畳職人・小西泰博さんの静かなこだわり

世界文化遺産・姫路城を中心に、城下町として発展してきた姫路市。その歴史あるまちで、600年以上にわたり日本の暮らしとともに進化してきた畳文化。今も人々の暮らしを足元から支えているのが「畳」です。一級畳製作技能士として、姫路で畳づくりに向き合う小西泰博さんは、“ミリ単位の精度”が求められるこの仕事に、どんな思いで向き合っているのか。姫路のまちと畳の関係、そして職人としての矜持(きょうじ)について話を聞きました。
小西 泰博(こにし やすひろ)さん
1961年生まれ、姫路市出身。父が創業した畳店を継ぎ、畳の製作・修理・張り替えを中心に、襖・障子など和室の内装も手がける。神戸高専で電気系を学んだのち、20歳で京都へ修行。畳の訓練校に通いながら現場で働き、4年間で技術と座学を習得。帰郷後に一級畳製作技能士を取得し、現在も地域に根差した仕事を続けている。
工場が遊び場だった幼少期

父親が創業した畳屋に生まれた小西さんにとって、畳は特別な存在ではなく、「そこにあって当たり前」のものでした。両親が仕事をする間、工場に連れて来られることも多く、畳づくりの現場は日常の風景だったといいます。本格的に手伝うようになったのは中学生のころ。畳の材料となる藁を集めるため、父に付き添い農家を回りました。秋の短い期間に一年分の藁を集め、トラックに積んでは降ろす作業を繰り返します。集めた藁はすぐに使えず、乾燥させるために倉庫で一年寝かせる必要がありました。畳は材料集めから始まる仕事だということを、体で覚えた経験でした。
理工系から畳職人へ

理工系が得意だったことから、神戸高専に進学し、電子工学を専攻。ものづくりが好きで、電気の分野にも強い興味があり、卒業後はその道で就職する選択肢もありました。それでも最終的に家業を継いだのは、幼いころから畳のある環境で育ち、その存在が自然と身についていたからだといいます。

20歳で京都へ渡り、畳の訓練校に通いながら現場で働く生活が始まりました。当時は遊びたい盛りの20代。そんな中でも、学校を辞めたい、帰りたいと思ったことはなかったのだとか。全国から集まった同世代の仲間たちもまた、ものづくりへの思いを胸に集まった存在であり、互いに刺激を受けながら学べたことが、大きな支えになっていました。
技術を学ぶにつれ、“畳の見え方”も変わり、これまで気づかなかった細部に目が向くように。それと同時に仕事の奥深さを実感するようになりました。「見る目が変わると、畳の面白さが分かってきました」と、小西さんは当時を振り返ります。
帰郷後に立ちはだかった営業の壁

修行を終えて姫路で本格的に家業を継ぐことになった小西さんは、畳を製品として仕上げる仕事に力を入れ始めます。しかし、父の代は畳の中身となる材料づくりが中心で、地元に直接畳を売る顧客基盤は十分ではありませんでした。技術はあっても、仕事をどう取るのか分からない――その不安が大きな壁となりました。
試行錯誤の末に兆しを見出したのが、ホームページの開設です。自身が電気系出身でパソコンが好きだったこともあり、講習会をきっかけに自らサイトを作成しました。当時としては珍しかった取り組みが、徐々に問い合わせにつながり、一般のお客さんにも存在を知ってもらえるようになりました。
畳づくりの要は「寸法」

畳づくりで最も難しいのは「寸法」だと小西さんはいいます。「家は新築であっても完全な四角ではなく、柱や壁には必ず歪みがあります。そのため、部屋ごとに採寸し、ミリ単位で調整する必要があります。また、和室は畳職人だけで完成するものではありません。大工、建具、障子、襖、左官など、複数の職人の仕事が重なり合って一つの空間が生まれます」。それぞれが互いの仕事を読み取り、言葉にしなくても補い合う関係性は、長年の信頼と技があってこそ。そこに「職人の粋」を感じずにはいられません。
変わり続ける畳のかたち

近年、暮らし方の変化や住宅の洋風化により、畳の需要は減少しています。特に介護やリフォームの現場では、和室を洋室へと改修するケースが増えつつあるのも理由の一つです。一方で、一般に「琉球畳」と呼ばれる縁なし畳が新築住宅を中心に広がり、リビングの一角に畳を取り入れるなど、新しい使われ方も生まれています。
和紙などの新素材を用いた畳もその一つ。耐久性やデザイン性の幅は確実に広がっていますが、小西さんの核心にはいつも、素材や形は時代に合わせて変わっても、「心地よさをつくる」という畳の本質は変わらないという思いがあります。

和室が減り続ける現状にあっても、小西さんは畳そのものの価値を疑っていません。流行にただ迎合するのではなく、今の暮らしに本当に必要とされる形へと進化させていくこと。それこそが、これからの畳づくりに求められる姿だと、小西さんは話します。
「畳はなくなるのではなく、形を変えながら残っていくもの」。その言葉には、時代の変化を受け止めながらも、足元の心地よさを守り続けようとする畳職人としての責任がにじんでいます。
姫路で畳店を続けるということ

姫路で仕事を続ける魅力について、小西さんは気候の穏やかさに加え、祭りや地域活動による人と人との繋がり、“縁”を挙げます。「子どものころから祭りを通じた人との繋がりや地元への愛情が深く、現在携わっている消防団でも、地域の多くの人が参加し、活発に活動しています。また、畳屋にとっては、都心と比べて畳の価値を理解してくれる世代が地域にいることも、大きな支えです」。

畳は暮らしの道具です。い草の香りや癒やしに加え、湿度を調整する力、音を吸収する防音性、足腰に優しいクッション性といった機能を備えています。張り替えや手入れを重ねながら長く使えることも畳の特徴で、使い込むほどに色合いが変化し、暮らしの時間を刻んでいきます。
その良さは、実際に使ってこそ実感できるものです。小西さんは今日も、自分が手がけた畳の上でだれかの日常が続いていくことを思い浮かべながら、一枚一枚を丁寧に仕上げています。


魅力のご紹介
エリア紹介
くらし
移住を応援
ふるさと納税