Vol.37 プリントメーカー / あみ りょうこさん
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人生の“いろいろ”をプリントメイキングで。一枚のTシャツから広がった世界

姫路城のお膝元で、夫のジェフさんと共に、プリントメイキングスタジオを営むあみりょうこさん。店内に並ぶ作品には、どこかユーモラスなおばけや女の子、そして見慣れないスペイン語の言葉が描かれています。なぜ姫路の版画工房にスペイン語なのか。その理由をたどると、一枚のTシャツをきっかけに始まったメキシコとの不思議な縁に行き着きました。
あみ りょうこさん
姫路市出身。仕事で渡航したメキシコのオアハカで版画と出会い、約8年半のメキシコ生活を経て、日本へ帰国。2025年にプリントメイキングスタジオ「OBAKE PRESS(オバケプレス)」を開業。夫のジェフさんと共に、版画やシルクスクリーンなどのプリント技法を用いた作品制作に励みながら、ワークショップやイベント開催を通じて、だれもが自由に表現できる場づくりに取り組む。
「世界を見たい」の一心で飛び込んだ異国の地

姫路のまち中に、陽気な夫婦の声と版画を刷る音が響く小さなスタジオがあります。ずらりと並ぶ作品を手に取り、「これはね」と一枚一枚のエピソードを楽しそうに語り始めるのは、アーティストのあみりょうこさん。旅先で出会った人々や言葉、ふと心に残った風景--。次々と飛び出す話からは、知らない世界への好奇心に導かれながら、自らの道を切り拓いてきた行動力あふれる人柄が伝わってきます。

学生のころから旅好きだったあみさん。「自分の足と目で、知らない世界を見に行きたい」と、青春18きっぷを握りしめ、長期休みには日本各地を旅したこともありました。大学では英語を学び、卒業後はオーストラリアへ渡航。現地の小学校で、日本語や日本文化を教えるボランティア活動に参加したり、貯金を切り崩しながら、バックパックの旅に出かけたりしたこともありました。
子どもたちと関わる中で小学校教員への興味が湧き、帰国後は通信大学で教員免許を取得。その後は英語や教員免許が生かせるようなさまざまな進路を考えましたが、「何か新しいことに挑戦したい」という思いが大きくなっていきます。そこで興味を持ったのが、スペイン語でした。

「英語と同じように世界中で多くの人が話している言語を身に付けたら、さらに新しい世界が広がるかもしれない。せっかく学ぶなら、スペイン語圏で暮らしてみたい」。そうして、仕事を探す中で偶然たどり着いたのが、メキシコの学校の求人。親の都合でメキシコに駐在している日本人の子どもたちや、日本にルーツを持つ子どもたちを相手にした教員の仕事でした。
一枚のTシャツが切り拓いた版画の道

あみさんが初めて降り立ったのは、メキシコの中西部にあるグアダラハラ。人々の陽気さ、色鮮やかなまち並み、暮らしの中に息づく文化。まちを歩けば、ヒゲをたくわえたおじさんやソンブレロという大きな帽子をかぶったおじさんが当たり前のように行き交い、「これぞメキシコ!」と思わず胸が躍ったといいます。

ところが日本へ帰国してみると、メキシコのことを知らない人が思いのほか多いことに気付きます。「こんなに面白い国なのに、もったいないなと思ったんです」。もっと、魅力あるメキシコのことを知ってほしい。そこで思いついたのが、印象に残ったスペイン語や、メキシコの伝統的なカードゲーム「ロテリア」をモチーフにしたTシャツでした。

ロテリアには、宗教や民話、動植物など、メキシコの日常や文化を象徴する絵柄が描かれています。「日本では馴染みのないロテリア柄のTシャツがあればおもしろいし、それをきっかけにだれかが話しかけてくれるかもしれない」。そこから、メキシコの魅力を伝えるきっかけづくりとして、「メヒコTプロジェクト」がスタートしました。

その後、再びメキシコで仕事を見つけたあみさんは、南部の都市・オアハカで版画と出会うことになります。
ある日、仕事帰りに訪れた博物館で、版画の展示とワークショップが開催されていました。彫刻刀を握って版画をしている光景に驚きじっと見入っていると、「君もするかい?」と声をかけられました。
そこで渡されたのは木の板と彫刻刀。作品が完成すると次の板、また完成すると次の板。言われるままに手を動かし続けました。「言葉も十分に通じなかったんです。でも、ただひたすら自分の思いのままに表現する時間が心地よくて」。版画には言語も肩書きも必要なく、自分の手さえあれば始められる。そして、自分の体験や考えを形にできる。その自由さに、あみさんは魅了されていきました。
連日開催されていたワークショップに通ううちにメキシコ人の友人も増え、ある日、手作りのTシャツを着ていると、友人に「そのTシャツ、いいね」「自分で刷ったのかい?」と声をかけられます。デザインこそ手がけていたものの、実際に刷るところまでは挑戦する機会がなかったあみさん。その出来事をきっかけに、友人に誘われて、あらゆる素材にプリントできる「シルクスクリーン」のワークショップに参加することになります。

後に知ったのは、オアハカは「版画のまち」として知られる場所だったこと。まちを歩けば版画工房があり、展示があり、人々の暮らしの中に版画文化が息づいていました。そこから休日は版画のワークショップに参加したり、そこで知り合った友人のアーティストと一緒に作品を作ったり、現地で開催された版画フェアへの出展も経験しました。
そして、いつしか自分の店を持つことが、あみさんの夢になっていました。
プリントメイキングで「創る」、「伝える」楽しさを

2都市合わせて約8年半にわたるメキシコ生活を終え、2020年に帰国。帰国後は夫のジェフさんの仕事の関係で岡山に住んでいましたが、姫路に住む親友から紹介を受けて出会ったこの場所との縁をきっかけにU ターンを決意。そして2025年、夫婦でプリントメイキングスタジオ「OBAKE PRESS(オバケプレス)」をオープンしました。

このスタジオは、木版画、紙版画、銅版画、シルクスクリーン、モノプリントなど、多彩なプリントメイキングを体験できる場です。「版を介して印刷することで、直接描くのとは違う雰囲気になったり、色を変えるだけで違って見えたり。同じ版でも、刷り方一つで表情が変わるんです」。思い通りにならないことさえ“味”になる。それもプリントメイキングの魅力だといいます。

スタジオには、あみさんが「おばけちゃん」という愛称で呼ぶプレス機があります。メキシコで購入し、日本まで一緒に帰ってきた大切な相棒です。帰国するときには手放すことも考えたそうですが、愛着が湧いていたため、細かく分解して日本へ持ち帰りました。さらに、もう一台活躍するのは、ジェフさんが以前勤めていた小学校から譲り受けたもの。版画はとてもアナログな表現方法だからこそ、道具とともに時間を重ねていけるのも、その奥深さの一つです。
後になって知ったのは、版画を始めたころに使っていた彫刻刀が日本製だったこと。メキシコで出会った版画文化が、巡り巡って母国と繋がっているようで、不思議な縁を感じたと当時を振り返ります。
何気ない日常や言葉を版画に刻む

あみさんの作品づくりの根底にあるのは、日々の暮らしの中で見つけた小さな気付きや、文化や言葉の違いの中で出合う発見です。何気ない出来事やふと心に残った言葉が、作品のインスピレーションになることも少なくありません。
例えば、作品に時々描かれるおばけたち。おばけといっても怖い存在ではなく、どこか愛嬌があり、楽しそうな姿をしています。

このおばけの絵は、オアハカで昼夜問わず時折行われている「カレンダ」と呼ばれるパレードがきっかけとなって生まれました。「カレンダでは、大きな人形や、花かごを持って踊る女性、ブラスバンドの一団が道を練り歩き、沿道の人々も一緒になって盛り上がります。ある夜、カレンダに遭遇したときに、まち全体が陽気な雰囲気に包まれていて、空にいるおばけたちまで一緒にワイワイ楽しんでいるような気持ちになりました」とあみさん。そんな日常の一コマが、おばけのモチーフへとなりました。

ある日、友人からかけられたひと言が、作品に繋がったこともありました。
すっかり現地での暮らしに慣れ、スペイン語も流暢になってきたころのこと。おしゃべりが止まらないあみさんを見た友人が、「君は肘までしゃべっているみたいだね」と声をかけたそうです。
最初は「肘がしゃべる?」と意味が理解できなかったものの、実はそれは「とてもおしゃべりな人」を表すスペイン語のイディオム(表現)でした。当時、単語一つひとつの意味は分かっても、フレーズになると全く違う意味になる慣用句や言い回しにおもしろさを感じ、さまざまな表現を集めていたあみさんにとって、そのフレーズはとても印象深いものだったといいます。そして、その言葉を聞いた瞬間に頭に浮かんだ「肘までしゃべる女の子」のイメージが、後に作品として形になりました。
こうして生まれたイメージを自由に形にできることも、あみさんが感じる版画の魅力の一つです。上手い下手ではなく、自分の感じたことを表現できること。その自由さが、作品づくりを続ける原動力になっています。
人と人が繋がり、新しい何かを

国内外を転々としてきたあみさんが見る姫路は、住みやすいサイズ感で、“人と人が繋がりやすいまち”だといいます。「姫路ってお城だけじゃないんですよ。まだまだ魅力的な人や知られていない場所がたくさんあります。そんな姫路で、プリントメイキングを通して、それぞれの物語やアイデアを形にする場をつくれたら」。その思いを叶えるため、工房ではなく、みんなが集える“スタジオ”を構え、活動を続けています。

最近では、その取り組みの一つとして、おにぎり専門店とのコラボワークショップも開催。おにぎりを食べながら、それぞれが思うおにぎりを版画で表現する企画です。同じ“おにぎり”がテーマでも、表現は人それぞれ。そこには参加者それぞれの個性や思い出がにじみ出ていました。

「姫路には本当におもしろい人がたくさんいるんです」。それぞれが持つ得意なことや好きなことを持ち寄れば、きっと新しい何かが生まれる。現在の「OBAKE PRESS」は、あみさんとジェフさん、そしてスタジオに集まる人たちによって少しずつ形づくられています。
あみさんが好きなスペイン語の表現に、「Ya tienes madera(ジャ・ティエネス・マデラ)」があります。直訳すると、「君は木を持っている」ですが、実際には「才能がある」「素質がある」という意味で使われる表現です。「きっとそれぞれが、みんな違う才能という名の“木”を持っているんじゃないかなって思います」。
メキシコで「何者でもなかった自分にもできた」と感じた創作の喜びを、今度は姫路でだれかに繋いでいく。一枚のTシャツから始まった物語は、今も少しずつ広がり続けています。

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