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Vol.45 花火師 / 三木 章稔さん

  • 更新日:
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理想の夜空を追いかけて。終わりのない“花火師”という仕事

三木さんの写真

夏の夜空を彩る、大輪の花火。大きな音とともに花開く一瞬を楽しみに、毎年多くの人が空を見上げます。その華やかな舞台の裏側では、何カ月も前から花火師たちの仕事が始まっています。紙を幾重にも貼り重ね、一つひとつの「星」を詰め、わずかな違いにも神経を研ぎ澄ませながら仕上げていく花火。そんな花火づくりに向き合うのが、兵庫県内で唯一の花火製造工場「三光煙火製造所」の三木さんです。祖父の代から続く技を受け継ぎながら、新たな技術も取り入れ、思い描く理想の花火を追い続けてきました。一瞬の輝きに込められた、花火師の仕事と挑戦に迫ります。

三木 章稔(みき たかとし)さん

1985年、姫路市生まれ。「三光煙火製造所」三代目。祖父の代から続く花火製造の家に生まれ、幼いころから父が打ち上げる花火を身近に見て育つ。建築関係の仕事を経て家業に入り、父のもとで花火づくりの技術を学ぶ。打ち上げの電子制御化など新たな技術も積極的に取り入れ、現在は花火の製造から大会の企画・演出まで幅広く担う。年間約70件の花火大会やイベントに携わり、兵庫県内の大規模な花火大会をはじめ、PTAや福祉施設などの夏祭りにも対応。依頼を受けて県外へ足を運ぶこともある。

一瞬の輝きを支える、花火師の手仕事

花火玉作成のようす

ほのかに火薬の香りが漂う工場には、機械の音ではなく、職人たちの静かな手仕事の音だけが響いていました。目の前では、半球状の「玉皮(たまがわ)」と呼ばれる容器に、燃え方がそろうよう、同じ大きさの「星」を一つひとつ丁寧に詰めていく作業が進みます。星を詰めた2つの玉皮を貼り合わせ、その上から何日もかけてクラフト紙を幾重にも重ね、ようやく一つの花火玉が完成します。わずか1ミリの違いが、夜空に咲く花の表情を左右する花火づくり。すべての工程に、職人ならではの繊細な感覚と長年培ってきた経験が求められます。

制作した花火打ち上げのようす

兵庫県内で唯一の花火製造工場「三光煙火製造所」が手がけるのは、大規模な花火大会から地域の夏祭りまでさまざま。兵庫県内を中心に、依頼があれば、県外へも足を運びます。花火師の仕事は、花火をつくるだけではありません。大会の企画や演出、打ち上げプログラムの構成、音楽に合わせた演出まで、その役割は多岐にわたります。夜空に咲く一瞬の輝き。その裏側には、長い時間をかけて積み重ねられる技術と挑戦があります。

そんな三木さんもまた、理想の花火を追い続けてきた一人です。その歩みは、祖父の代から続く家業とともに始まりました。

心を動かした花火、家業を継ぐ決意

花火玉の制作過程

もともと三木さんの祖父は、マッチ工場から出る廃材を精製し直して酸化剤を作り、関西の花火工場へ卸していました。花火づくりに関わる中で次第に興味を持つようになり、自ら花火を作り始めたことが、現在へと続く「三光煙火製造所」の原点です。

三木さん自身は、幼いころから「家業を継いでほしい」と言われて育ったわけではありません。それでも、保育園のころに父親が打ち上げた花火を見上げた日のことは、今でも鮮明に覚えているといいます。夜空いっぱいに広がる大輪の花火。その光景を見ながら、自分の父がこんな仕事をしていることを誇らしく感じた――その記憶が、心のどこかに残り続けていました。

花火制作過程のようす2

中学3年生の夏、初めて現場を本格的に手伝うことになります。しかし、そこで待っていたのは想像以上に厳しい仕事でした。重い資材を運び、炎天下の中で作業を続ける日々。華やかな花火の裏側には、地道で根気のいる仕事があることを知りました。それでも、多くの職人をまとめ、現場の先頭に立つ父の姿は、だれよりも格好よく映ったといいます。

とはいえ、すぐに家業を継いだわけではありません。卒業後は建築関係の仕事に就き、家業とは別の道を歩み始めました。結婚を意識し、将来について考えていたころ、転機となったのが秋田県の「大曲の花火大会」との出合いでした。それまで見てきた花火とは、まったく違う世界でした。緻密に計算された演出、繊細な色彩、音楽と呼吸を合わせるように展開する構成。そのすべてに衝撃を受け、「花火には、まだこんな表現があるのか」と心を揺さぶられたといいます。

その日を境に、「自分もこの世界で挑戦したい」という思いが芽生え、27歳の時、家業に入る決意を固めます。

反対を越えて、切り開いた新たな道

花火玉に星をつめていくようす

父のもとで始まった修業の日々。花火の世界には「玉張り三年、星づくり五年」という言葉があります。一人前になるまでには、長い年月と積み重ねが必要です。基礎を父から学ぶ一方で、自ら県外の花火会社にも足を運び、新しい技術を積極的に取り入れていきました。

中でも大きな挑戦だったのが、打ち上げの電子制御化です。当時、プログラミングによって打ち上げのタイミングを細かく制御し、音楽に合わせたり、複数の花火を緻密な間隔で打ち上げたりするなど、電子制御を取り入れた新たな演出が広がり始めていました。

花火づくりの仲間たち

それまで経験や勘に頼っていた部分にプログラミングを導入することには、反対の声も少なくありませんでした。それでも、自分が可能性を感じた技術を信じ、一人黙々と研究と試作を重ねます。昔から工場で働く職人たちの理解を得られず、一人遅くまで花火をつくり続けることもあったといいます。

実際の打ち上げで成果を積み重ねるうちに、その技術は少しずつ周囲にも受け入れられ、今では会社を支える大きな強みの一つとなっています。

逆境の中で見つけた、花火を届ける意味

打ち上げに向けた準備

しかし、さらなる試練が訪れます。新型コロナウイルスの流行です。花火大会は次々と中止となり、仕事は激減。会社を守るため、およそ160件もの営業に回りました。しかし、受注につながったのはわずか2件。時には厳しい言葉を浴びせられることもありました。

それでも足を止めることはありませんでした。その2件のうちの一つが、福祉施設での花火でした。夜空を見上げ、歓声を上げる人たちの姿を目にしたとき、花火には人の心を動かし、笑顔を生み出す力があることを、改めて実感したといいます。

思いもよらない、観客からのサプライズ

SHIRASAGI花火大会 2026のようす

新たな花火の可能性を追い続ける中で、一つの大きな挑戦となったのが、今年初めて的形海水浴場で開催された「SHIRASAGI花火大会 2026」でした。企画の立ち上げから携わり、会場選びや演出まで、およそ3年の歳月をかけて温めてきたプロジェクトです。

最大の見どころは、4人の花火師がそれぞれの個性と技術を持ち寄り、一つの花火大会をつくり上げること。同じ花火師でも表現はまったく異なり、それぞれの感性が夜空を彩りました。

そして、三木さんの心に深く刻まれたのは、フィナーレの後に訪れた予想もしなかった光景でした。観客が一斉にスマートフォンのライトを灯し、打ち上げ場所にいた花火師たちへ向けて大きく振り始めたのです。あれほどの数の光が、自分たちに向けられたのは初めての経験でした。

普段は寡黙な職人たちも、照れくさそうに、それでも一生懸命手を振り返していました。その姿を見た瞬間、胸が熱くなったと三木さんは振り返ります。

どれだけ時間をかけて準備しても、花火が夜空に咲くのはほんの一瞬。それでも、目の前に広がる無数の光を見て、自分たちが花火に込めた思いが観客に届いたように感じたといいます。一瞬で消えてしまう花火が、だれかの心には残っていく。そのことを実感できた、忘れられない光景となりました。

理想の夜空を追いかけて、挑戦は続く

三木さんが制作した花火の打ち上げのようす

今年も9月20日には、地元・姫路の「みなと祭海上花火大会」が控えています。長年にわたって携わってきた、三木さんにとって思い入れの深い大会の一つ。花火を通して地元に恩返しができる、大切な機会でもあります。特に今年は、三木さんが花火師を志すきっかけとなった秋田・大曲から4人の花火師を迎え、ともに姫路の夜空を演出します。

かつて大曲の花火を見て、その技術や演出に衝撃を受けた三木さん。いつかこんな花火を上げたいと憧れた花火師たちと、今度は地元・姫路で同じ夜空をつくります。楽しみな気持ちと同じくらい、大きなプレッシャーも感じています。今も大曲の花火師たちは、自分たちより先を走る存在。だからこそ、自分たちの力を出し切るとともに、その技術を間近で学ぶ貴重な機会でもあります。

さらに、その先に見据えているのが、大曲で開かれる「全国花火競技大会」への出場です。三木さんは今年、45歳までの若手花火師が出場する部門に初挑戦。入賞には届きませんでしたが、その経験も次への一歩になりました。「みなと祭海上花火大会」では、そのときに出品した花火をさらに改良して打ち上げる予定です。

花火の力で姫路を元気に

花火づくりは、わずかな違いが仕上がりを左右する繊細な世界です。思い描いた通りの花火を夜空に咲かせるためには、試行錯誤を重ねながら、一つひとつの工程と向き合い続けることが欠かせません。三木さんが思い描いた通りの花火ができるのは、年に一度あるかないか。それでも、理想とする花火を追い続けています。

「100点が出たら、そこで終わりですよね」

思い通りにならないからこそ、次はもっといい花火をつくりたい。一つ打ち上げれば、また一つ課題が見えてくる。その先にある理想を追いかけることが、花火師という仕事の面白さなのだといいます。

「みなと祭海上花火大会」が終われば、今度は地元の秋祭りが始まり、祭りの準備に加わりながら、花火師として次の花火へ向けて動き出します。「それ以外は、ほとんど休みがないですね」そう話しながら、三木さんは少しはにかみます。

一瞬の花火のために、何日も、何カ月も手を動かし続ける。一つの夏が終わっても、また次の一発に向けた日々が始まります。三木さんの熱い日々は、まだまだ続きそうです。

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