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Vol.49 書道家 / 前田 亜紀さん

  • 更新日:
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27年ぶりに、もう一度筆を。「福祉」と「書道」を重ねて創る、新たなアートへの挑戦

前田さんの写真

27歳で書道師範を取得するも、家族や仕事をきっかけに、長く創作活動から離れていた前田亜紀さん。介護福祉士として長年“人”と向き合う中、2025年、約27年ぶりに書道家として本格的な活動を再開しました。「高齢者も、障害のある人も、子どもも、海外の人も、書を通して繋がれる場所をつくりたい」。介護の現場で培った経験と、胸の奥に抱き続けてきた書への思い。その二つを重ねながら、前田さんが姫路で叶えようとしている夢に迫ります。

前田 亜紀(まえだ あき)さん
1973年、兵庫県太子町生まれ。幼いころから書道に親しみ、22歳で山根溪石(けいせき)氏に師事すると同時に「蛙聲(あせい)」の雅号を授かり、27歳で師範を取得。その後、家族のことなどをきっかけに創作活動から離れる。30歳のときに失業をきっかけに学んだ福祉の知識を生かし、40歳ごろから介護職へ。現在は介護福祉士として施設に勤めながら、約27年のブランクを経て書道家としての活動を本格的に再開し、国内外の公募展へ出品するなど、新たな挑戦を続けている。

幼いころから、いつもそばにあった「書道」

書の制作の様子

「昔から、書くことが好きだったんでしょうね」。

そうはにかむ前田さんにとって、書道は幼いころからいつも身近にある存在でした。物心がつくころから地域の書道教室に通い始め、ピアノやそろばんなど、ほかの習い事にも挑戦しましたが、長く続いたのは書道だけ。途中で休みながらも高校生まで続けるなど、長く筆に親しんできました。

雅号にちなんだ書道の道具

社会人になった22歳ごろには、それまで親しんできた「かな書道」から「漢字書道」の世界へ。山根溪石(けいせき)氏に師事し、本格的に書の道を歩み始め、27歳で師範を取得しました。その際に授かった雅号が「蛙聲(あせい)」。そんな雅号にちなみ、前田さんの身の回りには今も“蛙聲”をイメージしたカエルモチーフのアイテムがあちこちにあります。

一方、20代のころは東京に本社を置く会社に勤め、アパレルショップの販売員、化粧品や健康関連商品の営業職などさまざまな職に就き、近畿から中国地方まで各地を飛び回る日々を過ごしたそうです。大阪や京都、滋賀をはじめ、西は山口県まで担当し、月初には東京へ出向くことも。取引先を巡りながらホテルを転々とする、忙しい毎日を送っていました。

「近くにおってくれへんかな」。母の一言で介護の道へ

介護の世界での経験

そんな仕事漬けでホテル暮らしの生活に転機が訪れたのは、40歳のころ。母親から「近くにおってくれへんかな」と声をかけられたことがきっかけでした。

実は前田さんは30歳のころ、自身の失業を機に福祉について学び、ヘルパー2級の資格を取得していました。ちょうど同じころ、母親は脳出血により半身まひに。それから約10年。年齢を重ね、通院や買い物などに少しずつ不安を抱えるようになった両親の姿を見て、「近くで働くなら、持っている資格を生かそう」と介護の世界へ飛び込みました。

以来、介護士や相談員、管理職など、さまざまな立場で福祉の現場を経験。中でも大切にしてきたのが、利用者一人ひとり向き合うことだそうです。

長い介護経験の中で、特に思い出深いというのが、部屋にこもりがちだった利用者との交換日記。文章を書くことが得意だと知り、上司の許可を得てやり取りを始めたところ、次第にその人は前田さんの姿を探し、自ら車いすで部屋の外へ出てくるようになったといいます。

「年齢を重ねると、体が老いていく不安や孤独もあると思うんです。だからこそ、“一利用者”ではなく“一人の人間”として関わることが大切なんやろうなって」。一人ひとりの個性や得意なことに目を向け、その人らしさを大切にする――。介護の現場で培ったそのまなざしは、やがて書道家として描く新たな夢にも繋がっていきます。

27年間離れても、忘れられなかった「書道」を再び

作品の制作風景

介護の仕事に向き合う日々の中でも、前田さんの心から書道への思いが消えることはありませんでした。自身の体調や家族のことなどが重なり、本格的な作品制作から離れて以降も、筆をまったく持たなかったわけではありません。ただ、公募展へ作品を出品するような創作活動からは、約27年間遠ざかっていました。

大切に保管していた書道道具

そんな前田さんが再び書道と向き合うきっかけとなったのは、家の片付けをしていたときのこと。かつて使っていた筆や道具が、長い年月を経ても傷んだり劣化したりすることなく、再び使えるほどきれいな状態で残っていたのです。

このことをきっかけに、故・山根溪石氏の会派として姫路を中心に全国で活動する「玄燿書道会」の井上映粧氏の門をたたき、再び書を学ぶことに。久しぶりに道具を手にした前田さんに、井上先生は「蛙聲ちゃん、よかったな。丁寧に置いとって」と声をかけたそうです。

こうして、27年間大切にしまっていた筆が、止まっていた時間をもう一度動かしました。

27年のブランクを越えて―ニューヨーク国際書道展つかんだ栄誉

さまざまな書道展に作品を出展

約27年ぶりに本格的な創作活動を再開した前田さんが、2026年に目標として掲げたのは「とにかく挑戦すること」。国内の公募展をはじめ、ニューヨークで開かれる書道展にも作品を出品するなど、長いブランクを感じさせない勢いで新たな一歩を踏み出しました。

ニューヨーク国際書道展に出展した作品

中でも大きな挑戦となったのが「ニューヨーク国際書道展」。春を感じさせる文字に桜をあしらい、小さなカエルを添えるなど、日本らしさの中にも前田さんらしい遊び心を取り入れた作品で挑み、見事、準優秀賞を受賞しました。同年7月21日から27日にはニューヨークの天理文化協会で展示もされたそうです。

「海外の展覧会だからこそ、見た人に『何これ?』って笑ってもらえるような作品にしたくて。桜といえば姫路城も思い浮かびますし、日本らしさも伝えられたらと思いました」

お手本通りに美しい文字を書くのではなく、文字の形や配置を工夫し、そこに自分の思いや感性をのせていく。前田さんは、同じ題材でも書き手によってまったく違う表情が生まれるところに、書道の奥深さがあると話します。

長いブランクを越え、再び動き始めた書道人生。かつて大切にしまっていた筆は今、姫路から世界へと新たな可能性を描き始めています。

書道をもっと自由に。 姫路から創る「筆×アート」

バリアフリーアート作品

書道家として再び歩み始めた前田さんが、これから挑戦したいと考えているのが、年齢や障害、国籍などの垣根を越えて、だれもが自由に表現を楽しめる「バリアフリーアート」です。

その思いの背景には、介護現場のレクリエーションで書道をしたときに、最初は「書きたくない」と話していた利用者が、いざ筆を持つと夢中になり、驚くほど力強い作品を仕上げたという経験があります。

「上手とか下手とかじゃないんです。高齢者も、障害のある人も、子どもも、みんなで一つのものを作れたらおもしろいなって」。

筆や墨だけにとらわれず、色を使ったり、手形を押したり。一人ひとりが思い思いに表現し、最後に前田さんが書を添える。そんな、だれもが主役になれる新しい「筆×アート」の形を創りたいと、今、実現に向けて少しずつ準備を進めています。

バリアフリーアート書を姫路から

さらに、店舗のロゴや看板など、依頼に合わせたオーダーメイドの書を手がけるほか、海外の人に向けた書道体験にも挑戦したいと話す前田さん。そして2027年には、師である故・山根溪石氏の生誕100年という大きな節目を迎えます。その記念として、大規模な作品展も決まっているそう。いつかは姫路で自身の個展を開き、ここから海外へも活動の場を広げていくことが目標だそうです。

「姫路はいろんな世代の人が元気に活動しているし、海外の人も増えています。年齢も国籍も障害の有無も関係なく、みんな人なんだから、手を繋いで何かできたらいいですよね」

27年の時を経て、再び動き始めた書道人生。自由に、楽しく、その人らしく――。前田さんの筆はこれから、書道の枠を越え、だれもが一緒に表現を楽しめる新たな世界を姫路から創り出すことでしょう。

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