Vol.52 ギャラリー運営 / ChiMyさん
- 更新日:
- ID:34593
外に出たからこそ、姫路を好きになった――ChiMyさんがアートで繋ぐ、まちの新しい景色

「姫路から、早く出たい」。その一心で、京都、東京へと拠点を変え、音楽やファッション、アートの世界へ飛び込んでいったChiMy(チャイミー)さん。そして約10年後、戻ってきた故郷で見つけたのは、かつては知らなかった姫路の魅力でした。現在、姫路のギャラリー「THE LITTLE ROOM」を拠点に、イラストレーター、DJ、キュレーターとして活動しています。心が動くままに一歩を踏み出してきたChiMyさんが、“外の世界”を知ったからこそ見つけた“姫路の今”をたどります。
ChiMy(チャイミー)さん
1992年、姫路市生まれ。3歳から新体操を始め、学生時代は全国規模の大会にも出場。競技引退後、京都でDJを始め、その後東京へ拠点を移す。2013年ごろから独学でイラストレーターとして活動を始め、国内外のブランドや雑誌、アーティストなどへアートワークを提供。「ViVi」Web版での連載や、表参道「BOOKMARC」での個展などを行う。2023年に姫路へUターン。2026年2月には姫路市久保町にアートギャラリー「THE LITTLE ROOM」をオープンし、現在はイラストレーター、DJ、キュレーターとして活動している。
4.7坪から広がるアートの輪

姫路市久保町にある「THE LITTLE ROOM」は、2026年2月にオープンした小さなアートギャラリーです。白い壁を彩るのは、ChiMyさん自身の作品だけではなく、東京や大阪、沖縄など、これまでの活動を通して出会ってきたアーティストたちの作品。オープン以来、この小さな空間から姫路に“新しいアートとの出会い”を届けています。

初めて物件を見たとき、「初めて一人暮らしをするときの部屋と同じくらいの広さだな」と感じたというChiMyさん。「一人暮らしを始めるときって、これからどんな生活になるんだろうって、すごくワクワクするじゃないですか。そんな感覚をアートでも感じてもらえたらと思ったんです」。
初めてギャラリーに入る。初めて好きな作家と出合う。初めて作品を手に取る。アートが特別なものではなく、暮らしの中へ入ってくるきっかけになるような場所。それがChiMyさんのつくる“小さな部屋”です。
ギャラリーを運営する一方で、自身もアーティストとして活動を続けています。展示が終われば次の企画の準備を進め、その合間に自身の作品も制作。2026年だけでも「THE LITTLE ROOM」をはじめ名古屋のギャラリーで個展を開き、11月からは「渋谷NONLECTURE books/arts」での個展も予定しています。さらに、ブランドのライブペイントやDJイベントにも出演するなど、その活動は一つの肩書きには収まりません。
今ではギャラリー運営と創作活動を両立していますが、姫路に戻ってきたころには、ギャラリーを持つことなど想像もしていませんでした。振り返れば、「やってみたい」と動いた先での出会いが、次の扉を開いてきたのです。
新体操一筋だった日々。その先に待っていた「知らない世界」

3歳から始めた新体操は、ChiMyさんにとって生活の中心でした。小学4年生から選抜クラスに入り、高校も強豪校へ。姫路から片道約2時間半かけて通いながら、インターハイや全国規模の大会で成績を残し、短大を卒業するまで競技を続けました。
将来は新体操の指導者になるものだと思っていましたが、転機となったのは指導者からの一言でした。
「もう少し別の世界を見てみたら?」
その言葉をきっかけに競技を離れ、実家を出て一人暮らしをすることを決意。大阪のホテルで働きながら、京都での暮らしを始めます。

そこで出合ったのがDJでした。京都の「WORLD KYOTO」でDJスクールの案内を目にし、「今度はあの舞台に立ってみたい」と思ったのです。
それからというもの、週1回、約半年間DJスクールに通い、機材の扱い方や曲のつなぎ方、選曲などを学びました。「新体操で長年培ってきた、音楽を聴きながら全体の流れを組み立てる感覚も、自然と身についていたのかもしれません」。
やがて小さなクラブでDJを任され、ついには、かつて客として憧れていた「WORLD KYOTO」のDJブースにも立つようになりました。
「イラストレーター」と書いた名刺を手に東京へ

転機は、DJとして使う名刺を作ろうと思ったことでした。肩書きを考えたChiMyさんは、「DJ」の横に「イラストレーター」と書き加えます。
子どものころから絵を描くことは好きで、SNSに投稿したものの、仕事にしたことはありませんでした。グラフィックデザイナーだった父に相談すると、「イラストレーターは資格が必要なわけじゃない。やってみたら」と背中を押されたといいます。
「ならば、名乗ってみよう」。そんな一歩から始まった肩書きが、少しずつ仕事へと変わっていきました。

その後、ChiMyさんは2017年、京都から東京へ。スカウトをきっかけにカルチャープロダクションに所属し、DJとして活動の場を広げます。その翌年には今はなき銀座のダイニングバー「PLUS TOKYO」で、レジデントDJを任されるまでに。

テレビで見ていた人がすぐそばにいて、知らなかった人や文化にも次々と出会える東京は刺激に満ちていました。一方で、朝まで働き、夕方まで眠り、また夜のまちへ出る生活が続く中で、少しずつ疲れも感じるようになります。
そんな中で世の中はコロナ禍へ。DJの仕事が途絶え、突然できた時間の中で、ChiMyさんが向き合ったのが、もう一つの表現、「絵」でした。
50作品を描いて知った、『自分の表現が誰かに届く』ということ

「今は、作品をつくるときなんだと思いました」。ChiMyさんは自ら個展を企画し、所属していたプロダクションに提案。個展のために50作品を描き始めます。
コピックと色鉛筆を使った手描きのイラストに、短い言葉を添えた作品。もともと日記や文章を書くことも好きだったChiMyさんは、自分の中にある感情を、飾らない言葉と絵で表現していきました。
東京で初めて開いた個展では、作品を見ながら涙を流す人もいました。「自分が発信したものって、こんなに人に届くんだって。そのとき初めて実感した気がします」とChiMyさんは当時を振り返ります。
その経験をきっかけに活動の幅はさらに広がります。2022年には講談社「ViVi」の公式Webマガジン「NET ViVi」で「こんなわたしでごめんなさい。」を連載し、20作品を発表。同年7月には、かねてからの夢だった表参道のブックストア「BOOKMARC」で個展を開催。そこでは、過去作と新作に詩を添えた作品を収録した書籍も出版・販売しました。
東京を離れて気づいた、「どこにいてもできる」ということ

2023年、約6年過ごした東京を離れ、ChiMyさんは姫路へ戻ります。当時のパートナーが住んでいたイギリスへ行くための資金を貯めようと、実家に戻ることを決めたといいます。
東京を離れることに大きな迷いはありませんでした。コロナ禍を経てオンラインでの仕事が当たり前になり、住む場所が変わっても絵の仕事は続けられるという自信があったからです。
約10年ぶりに戻った姫路で、思いがけない変化にも気づきます。子どものころは「姫路には何もない」と感じていたそのまちには、個人で営むコーヒーショップや飲食店、ショップが増え、同世代で自分の仕事や店をつくっている人たちにも出会いました。
そんな変化や人との出会いを重ねる中で、かつて抱いていた姫路の印象は、少しずつ変わっていきます。 そして、その出会いが姫路での新たな活動へと繋がっていきました。
外へ出たからこそ分かった。姫路には、まだ知らない景色がある

一度外へ出て、別のまちの文化や価値観を知ったからこそ、帰ってきたときに見えるものがありました。
「私は、出ていくことって悪くないと思うんです。外でいろんなものを見て、経験して、それを持って戻ってきてくれた方が、絶対にまちのためになると思うから」。
違うまちで得た視点を持ち帰り、自分の場所をつくる。外で出会った人を姫路へ呼び、その人が姫路を好きになる。今のChiMyさん自身が、まさにそれを体現しています。
その繋がりはギャラリーの中だけにとどまりません。今、THE LITTLE ROOMの周辺には個性的な店が少しずつ増えています。店同士がお互いを紹介し、そこで知った人がまた別の店へ足を運ぶ。そんな小さな繋がりが、人の流れを生み出しています。
「分かりやすい観光地だけが、まちの魅力じゃないと思うんです。個人でお店を頑張っている人がいて、面白いことをしている人がいる。そういう人たちの力で、まちって魅力的に見えるんですよね。姫路の人には、もっと自分たちのまちに誇りを持ってほしいです」。

かつて「姫路には何もない」と感じていたChiMyさんが、今はこのまちで新たな出会いを生み出す側にいます。
約4.7坪の小さな部屋。そこには、ChiMyさんがこれまで各地で築いてきた繋がりが集まり、また新しい出会いが生まれています。「THE LITTLE ROOM」は、そんな新しい輪が広がっていく、小さな入口なのかもしれません。

魅力のご紹介
エリア紹介
くらし
移住を応援
ふるさと納税